インターネット・ビジネス論


第7課 インターネットの光と陰
インターネットの普及過程

インターネットの起源は1969年に米国国防総省高等研究計画局(ARPA : Advanced Research Project Agency)が軍事目的で開始したARPAnetであるとされています。その後、政府、大学、研究機関で利用されましたが、インターネットの利用者が急激に増加したのは、商用サービスが1990年にアメリカで解禁され、次いで1993年に日本で開始されてからのことです。


日本における普及速度

平成11年度郵政省「通信利用動向調査」によると、日本における各種情報通信メディアの世帯普及率10%への到達時間は、「電話」の76年が格段に長く、「無線呼び出し」が24年、「ファクシミリ」が19年、「携帯・自動車電話」が15年で「パソコン」は13年と短くなってきていますが、「インターネット」は更に短く5年間で普及率10%に到達しています。


『光』(メリット) と『陰』(デメリット)

第5課で考察したビジネス分野での「インターネット現象」の急速な拡大ぶりも考え合わせてみますと、如何にインターネットの『光』(メリット)が輝かしいものなのかがうかがい知れると思います。しかし、何ごともそうですが光があれば必ず『陰』(デメリット)があります。インターネットを使いこなすためには、その両面を理解しておく必要がありますので、この課で考察してみることにしましょう。

7-1.インターネットの光

7-1-1. ネットワークのネットワーク

インターネット(the Internet)の“inter”は「〜の間の」(among)という意味を持つ接頭辞ですから、インターネットは「複数のネットワークの間にあって相互を接続するネットワーク」、つまり「ネットワークのネットワーク」と言え、ここにインターネットの『光』の源の一つがあります。

TCP/IP

そしてこれは、インターネットがARPAnetの時代からプロトコルとしてTCP/IP(Transmission Control Protocol / Internet Protocol)を用い、これを標準化させてきたことによって実現したものなのです。「プロトコル」(protocol)は「通信規約」の意味ですが、もともとは「貴族が他の貴族の屋敷を訪問する際に馬車の御者が門の所で訪問先の貴族の執事と交わすやり取り」という意味だそうです。ですから、このやり取りの仕方を標準化しておけば貴族がどの貴族の屋敷の中にでも出入りができるのと同じように、通信規約を標準化しておけばコンピューターが他のコンピューター・ネットワークに出入りが自由にできるわけです。


閉じられた環境からの解放

これまでのシステム構築では、ハードウェアベンダーごとの独自規格が相互接続の妨げとなっていましたが、IPをベースとするeビジネス環境ではこうした障壁が取り除かれ、インターネット接続することによって、特定の管理者が一元的な運用管理を行う従来のコンピューター・ネットワークに繋がれていたPCなどの端末機器のユーザーは、閉じられた環境から抜け出て世界中のネットワーク端末機器ユーザーと接続して情報交換することができるようになったのです。

オープンな「ネットワークの集合体」

文字通り、「世界中のコンピューターを結びつける蜘蛛の糸」(WWW(World Wide Web)となったわけですから、接頭辞の“inter”は”international”にも通ずるものであり、インターネットによって“出会い”の場が世界中に広まったということができます。なお、最近では「インターネット」を「世界中のネットワークを相互接続して展開されているネットワーク環境全体」として定義する意見が有力になってきたようです。全体としての管理者がいない巨大な分散管理ネットワークで、利用者が自主的に管理・運用できるオープンな「ネットワークの集合体」でもあるわけです。

<こぼれ話>

企業連携の意思決定の自由度も大きく拡大

当初は表面的な「情報の掲示板」でしかなかったインターネットですが、「基幹システム同士を連動させる」技術が開発されてからインターネット本来の機能が大きく拡大してきました。例えば、お互いの既存のシステムは変えずに、A社のオラクルのシステムとB社のSAPのシステムを、あたかも同じシステムのように動かすことが技術的に可能になったわけですから、事業再編成や合併、部門買収、部門売却などの経営の意思決定の自由度が大幅に広がったわけです。

かつて、「埼玉銀行と協和銀行が合併したのは、両行がIBMの非常に良く似たシステムを使っていて合併がしやすかったからだ」と言われたことがありましたが、今やこれも笑い話であり、どんなシステム、OS、アプリケーションを使っているのかということは、合併先を選ぶ場合の重要ファクターではなくなっているのです。ビジネスの成否はシステムの相性にあるのではなくてアライアンスや合併によって実現できるビジネスモデルそのものにかかっているわけですから、経営者はかつてのビジネスの制約条件から解放されて本来のビジネスの観点から意思決定ができるようになったということができます。

7-1-2. マルチメディア情報の受発信

インターネットの普及の火付け役になったのがWWWのサーバー技術とブラウザー技術の開発でした。これによって、よりグラフィカルでダイナミックなマルチメディア情報をWWW技術でWebページとして容易に発信することができるようになるとともに、WWWブラウザーを用いることによって世界中のWebページ情報が容易に検索できるようになりました。やり取りされる情報の大半が文字情報だったインターネットの世界が一変したのです。WWWのサーバーとブラウザー技術がインターネットの利用を、専門的な知識を持った一部のユーザーから一般的なPC利用者に対して“オープン”にしたものとも言えるでしょう。

WWWサーバー

1990年に欧州合同原子核研究機関(CERN : Conseil Europeen pour la Recherche Nucleaire) のティモシー・バーナーズ=リー博士(後にMITに転身してインターネットの標準化に貢献)が世界で初めて開発したWWWサーバーによって、マルチメディアの情報を容易に提供できるようになりました。現実社会で人間は様々なマルチメディア情報を自然に処理していますが、これがバーチャル空間でも可能になり、「リアルとバーチャルの環境の格差」が大きく縮減」されたのです。実際に、動画はおろかフルカラー画像もなくテキストデータのやり取りだけでしかなかったPC通信では商品購入意欲もわかず、これほどまでにオンラインショッピングが普及することにならなかったことでしょう。

WWWブラウザー

一方、1993年に米国イリノイ大学のNCSA(National Center for Supercomputing Applications)で世界初のWWWブラウザー・“モザイクMosaic”が開発されてから、インターネット情報の検索も格段と容易になりました。「ブラウザーbrowser」とは、「インターネット上のWebページを閲覧するために用いられるソフトウェア」のことですが、ユーザーがブラウザー上で閲覧したいWebページのURL(Uniform Resource Locators)アドレスを指定すれば、Webページの内容がダウンロードされ、ユーザーに見える形でブラウザーが画面に表示する仕組みです。「ブラウザー」と「Webページ」がインターネットの代名詞的存在になったと言われる所以です。なお、“モザイクMosaic”の開発者達は後にネットスケ‐プコミュニケーション社(現在はAOLに吸収されている)を設立しWebブラウザーNetwork Navigatorを開発・販売しましたが、現在ではマイクロソフト社のInternet Explorerが圧倒的な優位を占めていることはご承知の通りです。

ブロードバンド通信がサポート

また、大容量のため、データ伝送の時間とコストに難点があった画像や動画などのマルチメディア・コンテンツ(情報内容)もADSL、光ファイバーなどのブロードバンド通信によって情報の受発信が容易になり、インターネットの『光』の輝きが一段と増してきました。通信速度が遅いために写真1葉送るのにも相当な時間がかかっていた頃と比べるとまさに春秋の感があり、瞬時に画像や動画が送れるようになったことがインターネットの本格的な普及につながる大きな要因となりました。更に、高速インターネットが、電話や放送などのオールド・メディアと融合したインターネット電話(またはIP電話)やインターネット放送など、インターネットを中心としたメディア・フュージョンの動きも活発化していますが、これは後期の「コミュニケーション・メディア論」で考察したいと思っています。

7-1-3.インタラクティブな情報通信ネットワーク

インターネットには、マルチメディア的な情報発信ができるWWW以外にも様々な機能があります。その中でも最も基本的なサービスが「電子メール」で、アドレスさえわかれば、インターネット利用者の誰とでも好きな時に好きなようにメールを交換することができます。その他にファイルを転送する「FTP」(File Transfer Protocol)機能や、ネットワーク上で特定の話題について文字によるリアルタイムのおしゃべりやディスカッションを行う「チャット」機能、“売ります”“買います”や趣味に関する情報交換で利用される「電子掲示板」サービスなどコミュニケーション手段として有用な機能も備えています。

ですから、Webページと電子メールを複合させることによって、Webページに掲載した製品やサービスについての質問やリクエストなどの意見を、電子メールを通じて聴取してマーケティング情報として取り上げることもできますし、更には、電子メール経由で発注情報を得て直接オンラインショッピングのビジネスにつなげることも可能です。また、優れたWebページに関する話題はインターネット上での口コミやおしゃべりを通じてあっという間に伝わります。接頭辞の”inter”には”interactive”の例のように「交互作用」という意味合いもあります。このようなインターネットの持つインタラクティビティ(双方向性)を重視して、地理的・時間的距離を超えた情報通信ネットワークとして活用することが、特にインターネットビジネスにおける『光』を増幅させることになります。

7-1-4.コンテンツ間のネットワーク

HTML(Hyper Text Markup Language)

Webページを記載するためのマークアップ言語としてHTML(Hyper Text Markup Language)が使われていることもインターネットの『光』の源になっています。「マークアップ言語」とは、タイトル、段落や箇条書きなどの文書構造、文書のレイアウトに関する情報や文字の大きさ/飾りなどの指定を文章中に直接埋め込んで画面表示または印刷させるための言語で、文書整形言語とも呼ばれます。HTMLには、他のマークアップ言語にはない最大の特徴として「ハイパーリンク」という仕組みがあります。これによって、文書中の任意の場所(リンクポイント)に、関連する他の文書、画像、音声などを呼び出すための情報を埋め込むことができます。

ハイパーテキスト(HT:Hyper Text)

「ハイパーテキスト」(HT:Hyper Text)はハイパーリンクを含んだ文書のことを示しますが、ハイパーテキストは画面表示されると、「アンカー」と呼ばれるリンクポイントが一目で区別できるように、本文とは別の色の文字で表示され、ユーザーがその場所をクリックするだけで関連付けられたコンテンツ(情報内容)のサイトまたはページに“飛んで”コンテンツを表示したり再生させたりすることができます。いわば、現在閲覧しているコンテンツと別のサイトまたは同じサイト内の別ページのコンテンツとの間がネットワーク化されているわけです。

リンクを制するものがウェブを制する

たった1回のクリックだけで、地球の裏側のサイトまでも飛んでゆくことができ、まさにネットワーク上を縦横無尽に飛びまわることができる「ワンクリック・アウェイ」もインターネットの特質の一つなのです。「コンテンツ間のネットワーク」の利用の仕方の巧拙によって、特に、情報収集を主要任務の一つとするホワイトカラーの業務効率と生産性が大きく左右され、一方Web情報発信者としては多数のサイトからリンクを張られるだけの魅力的なコンテンツを整えられるかどうかが勝負となります。いずれにしても、「リンクを制するものがウェブを制する」という言葉は銘記しておく必要がありそうです。


7-1-5.ハイ・スピード&ロー・コスト

ハイ・スピード特性

インターネットの持つスピード特性は上述のようなオンラインによるデータ伝送速度によるものばかりではありません。インターネットの利用者は情報収集に意欲的ですから、バナー広告などに対する反応が速く、テレビや新聞広告とは比べようもないスピードで取引が進展します。しかも、広告から販売までがシームレスでつながっており、「クリック」だけでインターネットを広告メディアから販売チャネルに変えることができますから、商品取引手続きをスピ−ディーに進めることもできます。

ロー・コスト

一方、インターネット上での情報発信は基本的にフリー(自由かつ無料)ですし、発信情報(コンテンツ)も他のメディアに比べて遥かに柔軟かつローコストで編集や更新ができますので、インターネット広告を用いれば広告費を桁違いに削減することができます。商品の性格上、広告によるプル・マーケティングに依存せざるをえないアートネイチャー社では、インターネット・プロモーションとして懸賞をつけてサイトに顧客を呼ぶ方法を採っていますが、かかるコストはテレビ広告による場合の1/1000程度にしかならないそうです。

『光』の享受

要は、情報のQ(質)が飛躍的に高まるとともに、情報のD(伝達と利用のスピード)が大幅に速まり、なおかつ情報のC(加工・発信コスト)が劇的に下がったところにインターネットの『光』の源があり、ビジネスプロセスを改革した企業だけが情報リテラシイを改革して『光』を享受することができるのです。

7-1-5.個人(Person)の情報能力の飛躍的向上

更に『光』の源流を辿れば、インターネットによって「PCがPersonal ComputerからPersonal Communicatorに変わった」ことによって、個人が情報手段を獲得し以下のような個人(Person)の能力が大きく拡大したところにあります。
  ・情報探索・収集能力
  ・学習能力
  ・情報発信・自己表現能力
  ・コミュニケーション能力
このことによって、企業の社員一人一人、消費者一人一人が情報能力を飛躍的に向上させ、これが社会生活に大きな影響を及ぼしたのです。

自立し分散した個人の功罪

個人(Person)の情報能力の拡大に伴って、個人の役割が増すとともに独立性が高まりました。個人が他者への依存から脱し自立する基盤を手に入れたわけですが、同時にこれはリアルな組織から見ると分散することでもありました。自立し分散した個人がネットワークで結びつき、ネットワークを活用したコミュニケーションの能力を高める形に進化してきたわけです。このようにして、インターネットの『光』が“個人”のコミュニケーション能力の向上に根ざしているのと対照的に、以下に述べる『陰』の部分でも“個人”によるコンピューター犯罪や“個人”情報の保護や“個人”認証の精度向上などが問題になっているところに注目する必要があります。

7-2.インターネットの陰

7-2-1. “冗報”過多

インターネットを通じて誰でも情報を発信できるようになった結果、全体の情報量が膨大なものとなり、本当に必要な情報を選り分けることが極めて難しくなりました。洪水の時に飲み水を手に入れにくくなるのと同じ現象です。「情報」を「意思決定のために必要な知識」と定義するならば、決して「情報」は「過多」になるはずがありませんから、私は洪水のように溢れていて飲めない水のようなものは“冗報”と呼んだら良いのではないかと思っています。“冗報”過多の一例として、以下に新聞記事の抜粋をご紹介します。

ネット頼みの落とし穴 情報過多に戸惑う

IR(投資家向け広報)の手段として上場企業の98%が自社のホームページを保有している。しかし、一企業が流す情報があまりに多く(*)、どこを見れば投資対象として判断できるのか分からない。例えば、過去の財務情報は充実していても今後の収益動向が明確でなかったり、分かりにくい表現、数字の羅列、つい見逃してしまうような注記があったりするからである。同業他社との比較ができないのも不便な点である。
(*) ディスクロージャー(情報開示)で定評のあるキャノンですら、この1年間にIRサイトに載せた情報をA4版の紙で印刷すると厚さ10cm500枚を超える。
(2002/12/20   日本経済新聞)

7-2-2.サイバーテロ

インターネットが全体としての管理者がおらず、誰でもが自由に利用できるオープンな「ネットワークの集合体」であるということは、前述の通りインターネットの『光』の源になっているのですが、これは両刃の剣であって、特に、情報の安全性(セキュリティー)とプライバシーの保護の問題の面でインターネットの『陰』(デメリット)ともなっています。その最たるものが、インターネットを介して企業や国家機能の破壊を狙う「サイバーテロ」(Cyber Terrorism)で、日本経済新聞でも以下のような記事を掲載して警戒を呼びかけています。

国防や治安にかかわる機関やエネルギー、交通、金融などのインフラシステムに侵入してデータを破壊、改竄するなどして重要システムを機能不全に陥れる。日本では今のところ起きていないが、コンピューターウィルスがたびたび猛威を振るったり、中央省庁のホームページが改竄されるなどの被害が断続的に起きており、サイバーテロの一歩手前の状態にある。
(2003/1/1日本経済新聞)

様々な社会的機能がインターネットを基盤として整備されている現在、「クラッカー」(Cracker:インターネットの不正侵入者)達の破壊活動からシステムを守るのには、何よりもネットワークやシステムのセキュリティー機能を高めることが重要なのですが、セキュリティー対策の最先端を行くはずのアメリカ国防省でさえ何度も中枢システムにクラッカーの侵入を許している状態であり、セキュリティー対策とその抜け穴を探るクラッカーとのイタチごっこが続いています。「世界情報通信サミット2003」でNTT和田社長より報告された次世代ネットワークの完成が待たれるところです。以下に2003/2/19日本経済新聞の関連記事を抜粋してご紹介します。

「ハッカー」vs「クラッカー」

セキュリティーを考える上で、クラッカーからの攻撃とその対処法を考えておくことが重要なのですが、その攻撃者を称するのに「ハッカー」という言葉が使われることがあります。しかし、これは言葉の誤用であり、ハッカーとは(善悪に関係なく)計算機に詳しくかつ探求心の強い人のことを言います。ですから、悪意の攻撃者は破壊者という意味の「クラッカー」という言葉がふさわしいのです。


「世界情報通信サミット2003」でNTT和田社長(当時)は次世代ネットワークの概要について以下のような報告を行なっています。

テロに強い通信網構築

2005年を目処に光ファイバー網を活用した「RENA」と呼ぶ次世代ネットワークを構築する。電話網の持つ品質と信頼性に加え、IP(インターネット・プロトコル)網が持つ柔軟性と低価格を兼ね備えた双方向通信網だ。既存のIP網には二つの大きな課題があった。災害時の通信確保とサイバーテロなど外部からの攻撃だ。セキュリティー対策は不可避で、「RENA」では悪意の通信(による攻撃)が大量に発生した場合も、送信元を自動的に追跡しネットワークへの流入を防ぐシステムを搭載する。

しかし、完成が待ち望まれていた次世代ネットワーク「RENA」の構想は何時の間にか後退しており、2005年を経過した現在もなお実現に至っていないようです。これに代位し、かつ、新世代インターネットの構築へ向けて総合的に問題を解決するものとして注目されているのが、ユビキタス社会のインターネット基盤技術の一つとされるIPv6です。現在利用されているインターネット・プロトコル(IP : Internet Protocol)IPv4(version 4)は堅牢性、実装の容易さ、相互運用性などに優れたものであり、その有用性が実証されてインターネットのグローバルな展開に対応してきました。しかし、インターネットの急成長に伴いアドレス空間の枯渇が懸念されるとともにIPレベルにおけるセキュリティーの要求が高まってきました。そこで、注目の的となったのがIPv6で、ここではIPsecという高度なセキュリティー技術が用いられていて、盗聴、なりすまし、情報の改竄、サービスの妨害攻撃(DOS : Deny Of Service)への対応が配慮され、認証用の拡張ヘッダーや暗号化機能等も付加されています。

7-2-3.コンピューターウィルス

コンピューターがインターネットによって結ばれた結果、コンピュータウイルスによる被害は地球規模となり、益々大きな社会問題になってきています。2003年にも以下のようなウイルスによる通信障害事件が報じられました。

アジア各地 ネット障害
アジア各地で1/25インターネットの通信障害が相次いで起きた。韓国で全面マヒした他、台湾、中国、タイ、マレーシアなどでもネットに接続できない状態が報告され、日本でも一部の大学や企業のサーバーにウイルスと見られるデータが大量に送られ、一時HPに接続し難くなるなどの影響が出た。
 (2003/1/26日本経済新聞)

その後、上記のインターネット障害は世界規模に広がったものであったことが分かり、原因が自己繁殖を繰り返すタイプの新種ワーム型ウイルスSlammerであったということが分かった旨続報されています(2003/1/27日本経済新聞)

ワーム型はメールや文書ファイルには寄生せず単体で活動するところが通常のウイルスと違うところで、ファイルを監視するタイプの通常のワクチンソフトでは検知できないのだそうです。従来型のセキュリティー(安全)対策では今回のようなハッカー攻撃に対応できないということが判明したわけであり、これをとらえて2003/2/1日本経済新聞では「ネット社会 落とし穴露呈 − 世界規模の障害、再発の危険」として報道しております。

但し、Slammerはマイクロソフト社のデータベース用サーバーソフトSQL2000のセキュリティーホール(安全上の欠陥)を狙って侵入したものであり、マイクロソフト社が2002/7に公開して修正プログラムを配布していたにもかかわらず対策を怠っていたサーバーが多数あったため感染が拡大したという同記事中の報道は注目に値します。

多くの企業が業績低迷で情報技術(IT)予算を抑制しており、安全対策が追いついていないという事実を指摘するものだからです。引き続き、経済産業省による「ウイルスによるネット障害常時観測システム設置構想」(2003/2/2日本経済新聞)やNEC・筑波大による未知ウイルスに有効な「おとりサーバーによる不正アクセス回避」(2003/2/1日本経済新聞)なども報じられていますが、企業としてもウイルスに対する自衛策としてシステムの安全性確保に要する人的資源投資の必要性をインターネットの『陰』の一部として適切に配慮しておく必要がありそうです。

7-2-4.ネット犯罪

インターネットの匿名性とグローバル性といったメリットを逆手に取ったネット犯罪もインターネットの『陰』の一部です。個人を狙った「ネットストーキング」(嫌がらせや脅迫をメールで送りつけること)や「オークション詐欺」(商品を渡さずに金銭を騙し取ること)、企業を狙った「不正アクセス」(インターネットや会社のLANなど利用者が制限されているコンピューター・ネットワークに不正に接続すること)や「個人情報漏洩」(甘い情報管理をついて個人的なデータを盗み見ること)などネット犯罪の種類は様々で、数多くのセキュリティシステムが考案されたり警察が専門部署を設けたりしていますが、ネット犯罪者との攻防はイタチごっこ状態です。

掲示板上での企業の中傷やホームページ荒し(他人のホームページに嫌がらせの書き込みをしたりして閉鎖に追いこむこと)などを含む名誉毀損・誹謗中傷によるネット被害も2002上半期には前年同期より約150件増の約1,200件に達したのですが、これに対する検挙率は1%どまりであったと報じられています(2003/1/4日本経済新聞)。ネット犯罪によってインターネットの利用が制約を受けることは確かですが、これによる被害(『陰』)を極小化して実際にインターネットビジネスを成功させ『光』を享受している企業を見習って、以下のような最新のセキュリティ対策の導入などの自己防衛策を講ずる必要があります。

電子認証
インターネットを利用した企業間取引や通販では、相手の顔が見えないため、情報の発信元が本当に相手企業(本人)なのか、または、途中で情報内容が不当に改竄されていないかどうか確認することが重要です。こうした認証を電子的に行うのが「電子署名」と「電子証明書」で、前者を印鑑とすれば、後者がその印鑑証明書を発行する第三者機関の「認証局」ということになります。こうした電子認証の法的整備が整ったことによって、受発注書や契約書などのオンライン化が加速し、インターネットを利用した電子商取引の活性化に一層拍車がかかってきました。

公開鍵暗号(Public-Key Cryptosystem)
インターネットを利用して電子商取引を行う場合、安全にデータをやり取りするのには暗号化が欠かせないのですが、ここで文字通りキーとなるのが「鍵」なのです。鍵には本人だけが知っている「秘密鍵」の他に、誰にでも見せてよい「公開鍵」を用いて、暗号化と復号化を別々の鍵を用いて行う暗号方式が「公開鍵暗号」と呼ばれるものです。公開された鍵で暗号化されたデータは、その対となる秘密鍵でしか復号化できず、逆に、秘密鍵で暗号化されたデータは、その対となる公開鍵でしか復号化できないという点がこの暗号方式のポイントになっています。公開鍵暗号方式を用いたネットワーク・セキュリティのために必要なシステムや、ポリシー、プロトコルなどを総称して公開鍵基盤(PKI: Public Key Infrastructure)と言いますが、電子商取引を行う企業ではこの基盤を備えたネットワークの構築が進められています。
ファイア・ウォール
インターネットとLANとの間におくことでデータ通信を管理し、インターネットなどの外部ネットワークからの攻撃や不正アクセスから内部ネットワークを守るとともに、内部データの漏洩を防ぐためのシステム、または、そのようなシステムが組み込まれたコンピューターのことを防火壁Fire Wallにちなんで「ファイア・ウォール」と呼んでいます。20001月下旬に何者かによる中央官公庁のホームページ書き換え事件が相次いで発生し、被害は総務庁、総務庁統計局、運輸省などかなりの規模に及びましたが、ファイア・ウォールを備えていた官公庁のサーバーは執拗な攻撃を受けながら被害を未然に防ぐことができています。

7-2-5個人情報保護の問題

インターネット時代になる以前でも、個人情報の収集は企業の重要なマーケティング活動の一環として位置づけられ、また、個人情報が漏洩して個人に対して迷惑を及ぼすことが問題視されていました。しかし、名前や住所などの個人情報が漏洩したとしても、ダイレクトメールや電話での売込みに使われるなど迷惑が及ぶ範囲は限られていました。しかし、インターネットの時代が到来するとともに、個人情報の有用性が高まるとともに、その漏洩による被害の範囲が拡大し深刻なものとなってきました。本人のあずかり知らないところで、その個人情報を使って、商流や金流が成立するようになってしまったからです。

例えば、同じ個人情報でも、名前、住所などとクレジットカードのデータなどでは情報としての機微がまったく違っていて、インターネット上では、クレジットカードの番号と有効期限を入力するだけで買い物ができますし、こうした情報があれば偽造カード作りも可能だとされています。また、一方には、消費者がサービスを受けるためやむを得ず提供した情報が流出するケースが多発していることから、インターネット取引を敬遠する消費者が増えてきていて、それがインターネット・ビジネスの一層の浸透を阻害しているという局面もあります。ここでは、さまざまな形で「インターネットの陰」となっている個人情報保護の問題を考察してみることにします。
(1) 新手のインターネット犯罪

個人情報の詐取を狙う「フィッシング」や「スパイウエア」を使った新手のインターネット犯罪が増加してきていて、特に、米国ではフィッシングによる被害額が2003/4月からの1年間で24億ドルを超えたということが調査の結果明らかになっています。広告目的で不特定多数に送信される迷惑メールでは受け取った人がメールに記載されたホームページを訪れる確率は1%以下と言われますが、フィッシングの場合には「釣られて」情報を送信してしまう確率が高くなるので、被害が広まるものと考えられます。
     フィッシング

ネット利用者に金融機関などを装ったメールを送り、本物そっくりの偽のホームページに誘導。「カードの有効期限が切れるので手続きを」などと指示し、カード番号や銀行口座番号などの個人情報を入力させる

     スパイウエア

パソコンから個人情報を集めて外部に送り出すプログラム。便利な無料ソフトを組み込むと、利用者が気づかないうちに浸入することが多い。マーケティング目的で訪れたホームページを記録するものが多いが、悪質な場合はキーボード入力を監視して個人情報を盗む。

このため、フィッシング詐欺の被害を未然に防ぐため怪しいホームページにつながるメールを遮断したり、パソコンから外部に情報を送るスパイウァアを検出・削除したりするインターネット・セキュリティ対策ソフトが次々と発売され脚光を浴びています(2005/9/17 日本経済新聞)。

一方、携帯電話を用いてのネット経由での物品購入が普及し、店頭で商品が購入できる機能が付いた機種(お財布ケータイ)まで利用されるに至った現在、ネットを経由した改竄や情報漏洩を防ぐため、携帯サイトの安全管理を強化する必要性が高まってきました。そこで、このための技術開発が進められ、携帯サイト上での「なりすまし」や不正侵入による情報漏洩、内容改竄などの問題を未然に防いで、個人情報を保護するシステムが販売されるに至っています。

(2) 企業内部からの漏洩

外部からの、インターネットを利用した情報詐取もさることながら、企業内の従業員など「個人」による人為的な「個人」情報漏洩の事例が頻発しました。2004/2に発覚したソフトバンクBBの顧客情報流出など、近年の大規模な情報漏洩は、ほとんど内部関係者「個人」による情報の不正持ち出しによって起こったものです。金融機関や通信事業者の営業員が顧客情報の入ったパソコンを紛失して流出してしまうケースも増えていますが、こうなると、文字通り、企業のパソコン(「個人」用コンピューター)からの「個人」情報の漏洩ということになります。企業が運営する携帯サイトで他人の指名や住所などを閲覧できてしまうという不都合も相次いで起こりましたが、こうした「個人」情報漏洩もサイト開設企業の運営担当者など「個人」の初歩的なミスによるものが多いとされています。
(3) 日本における問題

インターネット先進国のアメリカでは、企業からの顧客情報の漏洩は「驚くほど少ない」と言われています。顧客情報などの漏洩事件が起こると、会社の信頼、評価が揺らぎ、株価を含めて会社の価値が大きく損なわれるばかりではなくて、信用失墜と損害賠償によって企業業績が悪化して、その存続までが危うくなる「会社を壊しかねないリスク」となるものと意識されているからです。このため、アメリカではCPO(Chief Privacy Officer)という肩書の役員を配置する企業が多く、1,000社以上のCPOが「国際プライバシー専門家協会」を組織して、社員教育の徹底などに共同で取り組んでおり、個人情報管理を強化する米大手企業ではこのために巨額の費用を投じています。これに引き替え、日本で顧客情報の漏洩が後を絶たないのは、従業員の意図的な持ち出しを処罰するための法の整備が遅れていることに加えて、個人情報の流通市場があり、個人情報が「カネになる」というところに原因があるとされています。
(4)個人情報保護法の完全実施
大規模な情報漏洩事件が相次ぎ、個人情報漏洩が企業業績に及ぼす影響の大きさの程を思い知らされ、情報漏洩が経営に与えるリスクが現実の問題として意識されるに至って、遅ればせながら、日本でも以下のような趣旨の「個人情報保護法」が完全施行されるようになりました。

[個人情報保護法の概要]

生存する個人に関して企業や官公庁が所有する情報を適切に扱うように定めた法律。2003/5に成立し、国や自治体は同月施行。2005/4から民間企業にも適用され完全施行となった。5,000件以上の情報を扱う業者を個人情報取り扱い事業者に指定。利用目的の明示や情報の適切な取得、漏洩への管理体制の整備を義務化した。さらに、本人の同意を得ない第三者への提供を禁止し、漏れた場合には削除を義務付けた。違反した業者に対し行政は、その行為の中止や是正などの勧告、命令を出せる。従わない場合には、6ヶ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金となる。
(5)個人情報保護のための対策

但し、個人情報保護法の完全施行によって、厳格な情報管理が求められるようになったのは企業です。個人情報保護法の規制対象は企業ですから、情報漏洩があった場合に罰せられるのは企業であって、情報を持ち出した個人は罪に問われません。従って、「個人情報保護法」は、「企業内の個人による個人情報保護にかかわる行為に対する企業の管理監督責任を規定した法律」と言い換えることができます。「個人情報保護法」の完全施行に伴って、以下のような「企業内の個人」の行動に対する監視・規制・防御などの様々な対策が講じられていることが、このことを裏付けています。
「社外に出すメールにサイト利用者の住所や氏名を記載したファイルを添付しない」や「情報管理責任者を配置する」といった社内規定を作成して、社内の情報管理体制を整備する。
データ管理センターの入り口などで、金属探知機とガードマン、ICカード、指紋・静脈認証などによって作業員の入退室を管理する他に、天井には社員の挙動を監視するカメラを配置する。
社内情報サーバーにアクセスできる社員を限定したり、アクセスに指紋認証システムを用いたりする他に、システムに想定外の操作が加わると警報が鳴る仕組みなどを採り入れる。

「機密文書」、「顧客名簿」など企業が予め指定したキーワードを含む文書がコピーや印刷、ファクスされると、これを関しサーバーが検知して「いつ」、「誰が」、「どの機器」入出力したか確認できる企業内ネットワーク・システムを導入する。

携帯電話の通信機能を使って携帯電話に取り込んだ顧客情報を暗号化して保護する上に、携帯電話を置き忘れたり紛失したりする場合には、携帯電話の通信網を通じて、パソコンや他の携帯電話からの操作で顧客情報を消去できるシステムの導入。
機密情報や個人情報が端末に蓄積しないようにして漏洩を防ぐ。パソコンの代わりに記憶装置のない専用の「ネットワーク端末」を使用。業務で使う応用ソフトや作成した書類などは大型サーバーで集中管理する仕組み。基本ソフト(OS)や応用ソフトは、サーバー側からネットワークを通じて利用される。これによって、ノートパソコンに収めて持ち歩いていた応用ソフトやデータが、機器の紛失や盗難によって流出するリスクも回避できる。
携帯電話に記録されている名前や電話番号などの個人情報の漏えいを防止する企業向けサービス。社員に貸与する携帯電話端末には情報を保存せず、専用サーバーで一括管理して、必要な都度インターネット経由で必要な電話番号や電子メールのアドレスなどを引き出す仕組み。サーバーへの接続にはパスワードが必要で、端末の紛失・盗難時の対策になる。
(6)「産業廃棄物」並みの取り扱いも
個人情報は、情報の入手の段階から廃棄の段階まで隈なく管理しなければ、漏洩の防止を全うすることができません。個人情報保護法の完全実施に伴って、以下のような「産業廃棄物」並みの取り扱いで、廃棄段階での個人情報の漏洩防衛策がごく普通にとられるようになっています。

個人記録を記録した文書を破棄する場合にはシュレッダーを用いて派際する。大量に破棄する場合には、正式に認定された文書破砕業者に委嘱して、厳重な監視体制の下に破砕を行う。
買い替えなどで不要になる携帯電話は、通信事業者が、客の目の前でパンチ器を用いて穴をあけて破壊する。これによって、本人や電話帳に記録された個人に迷惑がかかるリスクを断つとともに、通信事業者は自らに降りかかる災いの芽も摘むことができる。
内部のデータを消去しないまま廃棄されたパソコンがリサイクル過程で顧客情報が漏れて問題になると、元の所有者が法律上、改善命令の対象となる。これを防ぐために、主に企業からリサイクルを請け負った業者がハードディスクやCDROM(コンパクトディスクを利用した読み出し専用メモリー)を物理的に破壊し、内部の情報が読み取れないようにしてから解体する。
顧客情報は、本来は企業にとって「宝」であり、利用の仕方次第では、インターネットの「光」として企業収益の拡大につながります。ところが今や、個人情報が漏洩した場合の企業収益への悪影響はもとより、個人情報保護のためのコスト増が経営を圧迫し、更には、気が付いた時には「情報産廃」になっていて軽率に捨てると罪を問われるという事態にまで立ち至っています。目的や活用方法が曖昧なままに、顧客情報を収集・管理したままであると、逆にインターネットの大きな「陰」になってしまうわけです。「光」にするか「陰」になるか、これもインターネットを用いたビジネス・プロセスの設計の仕方次第ということになります。

7-2-5.情報技術(I T)投資

インターネットを利用したビジネスを展開するためにはそれなりの情報技術(IT)投資が必要だということもインターネットの『陰』の側面として正当に考慮に入れておく必要があります。経費の発生の仕方としては、ヒト(コンピューター・ネットワーク導入・運営・保守管理のための要員)やモノ(コンピューターおよびネットワークのハードウェアおよびソフトウェア)を自前で調達する方法と外部に機能代行を依存してカネを支払うアウトソーシングの方法とがありますが、以下に掲げるeビジネスのシステム構築に欠かせないのが四つの技術分野についてのQ、C、Dの最善を実現する方策を追求する必要があります。
eビジネス実現に不可欠な四つの技術

1.狭義のシステムの構築力
既存の企業内情報システムと異なり、インターネット・プロトコル(IP)をベースとするeビジネス環境でハードウェアをどう構成するかという技術。重要な拠点間には仮想専用網(VPN)を構築するなどのネットワーク技術も含まれる。その上で、システム稼動までのスピード、コスト、将来の拡張性など複雑な要素が絡み合うだけに、最も投資効率を高くするシステムの構築力が求められる。
2.情報の伝送技術

ブロードバンド(高速大容量)に代表されるように、ネットワークの可用性が拡大している現在、情報をスピーディーにスムーズに流通させることがコストを削減し、競争力の強化に直結する。情報と通信、放送が融合し、インターネットという単一のメディアですべてが往来可能となる近い将来、的確な対応を図るためにも伝送系の技術は極めて重要になってくる。

現在、通信の基幹系だけでなく、アクセス網のブロードバンド化も著しい。アクセスに関しては、ADSL(非対称デジタル加入者線)、光ファイバー、CATV(ケーブルテレビ)など選択肢も非常に多様になってきている。

移動通信も劇的に進化しようとしてきている。低価格化とインターネットアクセスサービスやJava端末の普及などで、かなり高度なサービスを簡単に実現できるようになった。既に第三世代携帯電話サービスもサービス提供が開始されている。毎秒64キロビットから384キロビットと、従来の携帯電話の通信速度を大きく上回る通信サービスが可能となったため、テレビ電話、高精細な画像伝送、ストリーミング系サービスなどサービスの多種多彩化が進展している。

固定、移動双方のインフラだけみても、これだけ発展してきている。これらを有効に生かしたビジネスシステムの提案などは、これから本格化してくるに違いない。

3.ソフトウェア技術

業種、業態によって必要とするソリューションを実現するための技術。統合基幹業務システム(ERP)、顧客情報管理システム(CRM)、営業支援システム(SFA)、データウェアハウス(DWH)など、ネットワークと結合して単独または組み合わせで大きなソリューションをもたらすソフトウェア技術も急速に進歩している。企業それぞれが求めるソリューションをいかに実現するか。ソフトウェアの選択からカスタマイズなどの開発力まで、ソリューションベンダーの創造力が問われる部分だ。

4.インフラ対応力

eビジネス環境の新たなインフラに対する対応力。ビジネスの振興に重要な情報もネットワークでやり取りされる時代では、伝送される情報の「正しさ」と第三者に盗み見られないことが問題になる。情報の不正使用を防止するために、発信者の正当性に第三者がお墨付きを与える電子認証局の利用や情報の暗号化、PKI(パブリック・キー・インフラストラクチャー:公開鍵基盤)への対応も不可欠である。

(2001/8/16 日本経済新聞)
7-2-6 ファイル共有ソフトに見る
インターネットの光と陰

2004/5/10京都府警は、パソコンのファイルをインターネット上で共有できるファイル共有ソフト・ウィニーWinnyを開発した金子勇容疑者(当時東京大学大学院助手)を著作権法違反の幇助容疑で逮捕しました。ウィニー自体は、サーバー・コンピュータの助けを借りることなくインターネットを使った不特定多数の「個人」と「個人」の間での大容量のファイル交換を可能にするソフトウェアであって、あくまでも道具にすぎません。道具は使い方次第であって、ウィニーを使って違法なファイルのやり取りをして著作権を侵害したとしたら、罰せられるのはその違法行為をしたウィニーのユーザー「個人」のはずです。

これが、ソフト開発者が「幇助」のかどで訴追されるという極めて異例なケースにつながったのは、ウィニーにそれだけ大きな『陰』が伴っていたということを裏書きしています。実際に、2003/11市販のゲームソフトや映画ファイルを不特定多数に違法送信した疑いで二人が逮捕されている上に、警察関係者や自衛隊員がウィニーを使用して内部資料を流出させる事件が相次いでいました。しかも、既にユーザーが全国で100万人を超えると推測されるウィニーの影響力を考えると、警察庁はウィニーの『陰』の広まりを看過できなくなったということが「著作権法違反幇助」容疑での金子容疑者逮捕の背景事情としてありました。

ウィニーの『陰』は「アンティニー」と呼ばれる暴露ウィールスの出現によって拡大しました。これがウィニーでやりとりされるファイルに潜み込んで感染すると、パソコン内部にある情報が、ウィニー・ユーザーのパソコン同士で形作る巨大な“ウィニー・ネットワーク”に勝手に送信されてしまうのです。「個人」的にパソコンに保存していた画像や、愛媛県警の捜査資料を含む4,400人分の個人情報をはじめとした警察や自治体などの「個人」情報が“ウィニー・ネットワーク”を通じて流出するという事件が相次ぎ深刻な問題を引き起こしました。

しかし、ウィニーには『光』の部分があります。言わば「電子図書館」のようなもので、各自が持ち寄った本や映像パッケージ・メディアをお互いに自由に閲覧できるようにしたものだからです。ですから、例えば無名の「個人」が作った映像作品を公開使用とする場合などには有力な道具になります。「個人」がオープンなネットワークを通じてファイルを共有し合うことによって情報力を高めていくことのできるインターネットの『光』を具現する道具でもあるわけです。現に、同タイプのファイル共有ソフトをビジネスに使おうとする動きも出てきています。ファイル共有ソフトの実態と動向を探ることによって、先端情報技術(IT)がインターネットの『光』とも『陰』ともなり得る両刃の剣であることが一層鮮明に理解できると思います。以下に2004/5/30日本経済新聞記事「ファイル共有ソフトの功罪」より要点を抜粋してご紹介します。

・ファイル共有ソフトとは
インターネットに接続した利用者同士が、それぞれの持つ映像や音楽などのデータをやり取りするのに用いられるソフト。ウィニーWinnyはこの最新型。インターネットで楽曲などのデータを手に入れたい時、通常はデータを提供しているホームページを画面に呼び出し、所定の場所をクリックしてホームページを運営する側のコンピューター(サーバー)と利用者のパソコンが1対1でつながっている。これに対してファイル共有ソフトは同じソフトを使っている誰かが持つデータを引っ張って来られるようにする。提供者と利用者の相対でなく、提供者と利用者が「持ちつ持たれつ」の形でデータを共有する。
・ウィニーを使ったデータ入手の手順

(1) 利用者がウィニーのソフトを起動してインターネットに接続すると、ウィニーは自分のパソコンのハードディスクのうち、公開すると指定した音楽や映像などのデータのリストを他の利用者向けに提供する。インターネットに接続している他の利用者も同様にデータのリストを提供する。すべての利用者が保有するデータのリストを出し合った状態になる。
(2) 利用者は欲しいデータの名前を入力する。リスト中にデータがあった場合、そのデータを持つパソコンから直接転送されるか、第三者経由で利用者は欲しいデータを入手できる。
(3) 入手したデータは利用者のパソコンに暗号化された形式で残る。次にウィニーを起動した時、他の利用者でこのデータを欲しがっている人がいれば、そこからさらにデータが転送される。
・ウィニーの特徴

接続しているパソコンからパソコンヘとデータを受け渡し、データの転送をまるでバケツリレーのように行う。従って、人気のあるデータの複製が世界中に分散して配られ入手が容易になる。以前のファイル共有ソフトは、データ一覧機能などをサーバーで管理する方式が多かった。代表例が米国製の「ナップスター」だ。しかし管理サーバーが止まると何もできなくなる。実際にナップスターは音楽業界からの提訴でサーバーが停止、利用者はいなくなった。利用者同士が直接やり取りするウィニーではこうしたことが起こらない。データの所有者を見つけるまでに時間がかかり、入手経路も多少遠回りにはなるが気長に待てば手に入る。

転送を重ねることで誰が最初にデータを公開したのかが分かりにくくなるのも特徴。ウィニーはアイルランド出身のイアン・クラーク氏が開発した「フリ一ネット」と呼ばれる技術を使っている。フリーネットは言論の自由を確保するため匿名で発言できるようにした。このデータ提供者の匿名性が高いという機能がウィニーに引き継がれた。このため著作権への対価が必要なデータが発信元不明のままで出回る可能性が高まる。これがウィニー開発者のファイル共有と著作権刑事責任を問う動きにもつながっている。

・ファイル共有ソフトの「光」

ファイル共有ソフトはインターネットの世界を大きく変えるとの見方もある。従来のネットは映像などの大容量データを配信するには高性能サーバーと高速回線が必要だった。しかし同ソフトをうまく使えばサーバーなどへの投資が減らせる。

松竹は自社映画の宣伝を入れた女性タレントの映像を無償提供し、ファイル共有ソフトでの映像交換を認めた。これまでに視聴数は80万回を超えた。今後は映像の広告枠を販売する事業にも参入する。

無償の閲覧ソフト「モジラ(mozilla)」の開発グループは、新製品の配布をホームページからだけでなく、ファイル共有ソフトを使っても始めた。サービスを停止したナップスターは、改良して有料音楽配信サービスとして再開された。

・著作権他の問題

著作物を無断で一般公開すると、著作権法の送信可能化権の侵害に当たる。ファイル共有ソフトでよく扱われるのは発売直後のDVD(デジタル多用途ディスク)や漫画、過去のテレビ番組や絶版本など。有償ソフトなどが自由に出回ることへの業界の警戒感は強い。

ファイル共有ソフトが著作権侵害のほかにも問題を起こす可能性もある。産業技術総合研究所でセキュリティー技術を研究する高木浩光チ−ム長は「ウィニーは個人のプライバシーを害したデータなどがいったん流通すると、それを取り消す仕組みがない」と指摘する。
電子的な著作物は、配信(ストリーミング)またはDVD、CD等のパッケージ・メディアの配送によって商流が成立します。著作権法では著作物を無断で不特定多数に配信できる状態に置くことを禁じていますが、これはパッケージ・メディアの配送の場合にはCD業者などの流通業者が代金の回収によって著作物のクリエイター(制作者)の事業権益が確保されるのに対して、配信(ストリーミング)の場合には然るべき課金の仕組みがなければクリエイターの利益が守られる保証がなくなるからです。金子容疑者がウィニーWinnyを開発した動機は、ネット社会が到来しつつある中で“旧態依然としたビジネスモデルに安住し、中間に入って不等に利益を貪っている”ソフト流通業者を排除し、“クリエイターが正しく評価される世の中を作るべきだ”というクリエイター至上主義によるものであると言われています。

確かに、第5章「ビジネスの循環過程とインターネットによるインパクト」5-3.「インターネット現象の現出」で考察したとおり、インターネット情流によって「マーケット直結構造」を作るのが容易になり、中間流通業者を排除した「マーケット中抜き」現象が一般化してきているのは事実です。しかし、流通機構論的に中間流通業者を排除することが可能な場合であっても、流通機能論的には、排除される中間流通業者の果たしている機能を供給者側で代位しなければなりません。ウィニーWinnyの場合は、クリエイターと顧客の間に立って流通業者が果たしていた代金回収という金流機能まで“中抜き”してしまったところに問題がありました。

そのために、金子容疑者の
クリエイター至上主義とは裏腹に、クリエイターには利益が還元されない違法な無償配信(ストリーミング)が跋扈する結果となってしまいました。2002年にウィニーWinnyが誕生してからの2年間に行われた著作権侵害による被害額は、一説によると数千億円にも上るとされています。宣伝や無償映像配信には大きな機能を発揮し「インターネットの光」の源となり得るファイル共有ソフトも、正しい流通機能論に基づいて運用されなかったために“然るべきビジネスモデルを破壊し、クリエイターや中間流通業者の得べかりし正当な利益を侵害する”ことによって、逆に大きな「インターネットの陰」を作り出してしまったわけです。

ウィニーを用いた著作権侵害が「個人」によって意図的になされているのに対して、警察や自治体からの「個人」情報の流失事件は寧ろウィルスのもたらした『陰』とも言えるでしょう。現に、ウィニーを使用していなくても感染し、パソコンのハードディスクの中身が他人に見られてしまう新種の情報流出ウイルスも確認されています。そして、この手の情報流出事件の根底には、日本社会全体の情報管理に関する意識の低さの問題があります。ウィニーの使用禁止が徹底したとしても、重大な機密情報を扱う公的機関の管理者や従業員が、仕事で使っているパソコンを「個人」の自宅に持ち帰って使っているような状況が変わらない限り、今後とも情報の流出は跡を絶たないのではないかと思われます。

ウィニーの開発について、技術者の倫理や責任を問う意見があります。確かに、金子容疑者の持ったクリエイター至上主義が結果的にインターネットの『陰』につながった点は否めないと思います。しかし、金子被告は基本的には「ハッカー」(善悪に関係なく計算機に詳しくかつ探求心の強い人)であり、著作権侵害や個人情報の流出によって業界の秩序や情報の機密性を破壊した「クラッカー」は、両刃の剣であるウィニーを悪用したユーザーでありウイルス開発者なのだと思います。これは、核エネルギーの活用法を開発をしたのが「ハッカー」で、これを原子爆弾に悪用したのが「クラッカー」に、それぞれ相当するのと同様だと思います。全体を管理する者がいないことが『光』とも『陰』ともなっているインターネットの世界には、今後とも純粋な「ハッカー」達が現れ『光』と『陰』のネタをまいていくものと思われます。

日本の産業界には、『陰』を理由として忌避するあまり、『光』の享受の面で大きな遅れをとってしまう傾向があるようです。第2課「インターネットの歴史的位置付け」で考察したインターネット、更には、BPR(リエンジニアリング)に対する積極的な取り組みの立ち遅れにもそれが現れています。このファイル共有ソフトについても、課金システムや複写防止システムなどの強化や、ウイルス対策や暗号化ソフトの使用徹底等によって『陰』を極小化する対策を講じることによって『光』を極大化する方向でビジネス・プロセスへの採用と導入を検討する必要があると考えられます。

7-3.デジタルデバイド

インターネットなどの情報技術(IT)を使いこなせるかどうか、つまりITリテラシーがあるかどうかによって生活の質や雇用機会などの経済格差が生まれる問題、いわゆる「デジタルデバイド」Digital Divideをインターネットの『陰』としてとらえる向きもあります。確かに、個人間でも、インターネットに習熟しているか扱えないかによって就職活動や企業内の処遇が有利になったり不利になったりするうえに、獲得できる情報量が豊富になるか乏しくなるかの差によって経済的に豊かになるか困窮するかの格差が生ずることがあり得、それが大きすぎると問題になるのかもしれません。また、国家間でも、インターネットなどのITインフラ整備が進んでいるIT先進国とインフラが未整備のIT発展途上国との間の情報格差が経済格差を更に拡大する可能性があることも否めません。

悪平等も問題

しかし、ITリテラシーがなく情報の入手が困難な「情報弱者」Information WeakがITリテラシー習熟の機会が不当に制限された結果生じた場合はともかく、然るべき機会を与えられながら自助努力を怠った結果の場合には、情報弱者に合わせて全体のレベルを下げることは無用と考えられます。情報通信端末を買えないため、または、高齢で端末が使いかねるため電子政府のサービスが受けられないというような情報弱者に対しては誰でも使える公共のキーボードフリーの情報通信端末を設置したり高齢者向けのパソコン教室を開いたりする必要があり、実際政府がこのような支援策を推進しています。

日本自身のデジタルデバイド


また、IT発展途上国のデジタルデバイド解消のためにも対策が進められており、私自身もその一環として行われた日経連関連の国際IT研修のプランニング・コーディネーターを務めた経験がありますが、これも情報弱者が発生した背景要因を分析することなくPCやインターネットなどのITリテラシー向上だけ図ってもデジタルデバイドは解消できるものではないと思って亊に臨みました。寧ろ、以下の報道でも指摘されているように「日本自身がデジタルデバイドを負っている」という意識を持ってビジネス・リテラシーとともにITリテラシーの向上を図らなければ日本の世界経済における地位がますます低くなっていってしまうのではないかと懸念しています。

ネット環境で日本はアジアの中進国

物作りに関する技術開発で日本は世界をリードしてきたが、ソフトウェア開発をはじめとするIT分野では米欧だけでなくアジアの国・地域にも遅れをとり始めた。
2002/6フランス系調査会社が米欧アジア主要12カ国を対象として実施したインターネット利用の実態調査によっても、日本は利用率47%の第5位で1位アメリカの72%に遠く及ばず、同じアジアでも第3位の韓国53%の後塵を拝していることが分かりました(2003/2/20日本経済新聞「ネット利用 世界で浸透」)。また、世界経済フォーラムが、情報技術(IT)の活用度を国際比較して発表した「2002年世界IT報告」によると、日本は20位に留まっており、同じアジアでもシンガポール(3位)、台湾(9位)、韓国(14位)、香港(18位)に先を越されていて「アジア中進国」の地位に留まっていることが分かります(2003/3/24日本経済新聞「IT活用度 日本20位」)。

7-3-1.日本のデジタルデバイド

“言語デバイド”の影響

上記の世界経済フォーラム「2002年世界IT報告」では、日本の情報化の遅れについて「インフラはあるが、ネット利用に重要な英語とキーボードに慣れない文化的側面が大きい」と分析しています。英語の問題については、同報告でも英語を公用語とする米国(2位)、英国(7位)、シンガポール(3位)、カナダ(6位)、オーストラリア(15位)のIT活用度が高く、フランス(19位)、イタリア(25位圏外)、スペイン(25位)などラテン系の国が総じて低いということからも正しい問題指摘であると思われます。同じアジアでも「英語試験能力TOEFL 99/7からの1年間の受験者の国別平均点は、中国559点、マレーシア535点、韓国533点に対して日本は504点」と日本経済新聞で報じられている通りですので、グローバルDFS言語となった英語の“言語デバイド”の解消はやはり避けられぬ課題のようです。

キーボード・アレルギーの問題

一方のキーボード・アレルギーの問題に関しては、専用ペンを使って紙のノートのように“書きこめる”キーボード不要のタブレットPCや、日本が世界に先駆けたiモードによる携帯電話のインターネット接続や、PCのキーボードではなく電話機の液晶画面やプッシュボタンの簡単な操作でインターネット利用が可能なLモードなどのノンPCインターネット利用が普及すれば日本のデジタルデバイドは縮小されてゆくものと見ています。まして、ファミコンやゲーム機で遊びながら育ったパソコン少年/少女が日本を支えていく時代になるのですから、キーボード・アレルギーの問題は、早晩、日本のデジタルデバイドの要因ではなくなっていくことでしょう。

北欧勢が上位

因みに、「2002年世界IT報告」でIT活用度1位にランクされているのはフィンランドですが、ここでは“ブロードバンド”と“モバイルインターネット”の普及がともに第1位に評価されているのが注目されます。スウェーデン(4位)、アイスランド(5)のIT活用度が高いことも考え合わせますと、国土が広く寒冷な土地柄で固定電話網の敷設が遅れた国々にとっては、携帯電話やインターネットが“使わざるを得ない”重要な生命線となっているのではないかと思われます。

韓国ブロードバンド普及第2位

韓国もブロードバンドの普及は第2位ですが、これは2003/1/1日本経済新聞の「全世帯の約7割、1,000万世帯が非対称デジタル加入者線(ADSL)など高速インターネットに加入している。ネット利用者も約2,500万人と人口の過半数を占めている。世界有数のブロードバンド大国である。」とする記事を裏付けるものと思われ、別記事では「韓国では通信会社同士がDSL事業で激しく競争し、これを韓国政府も後押ししたために、日本で普及している総合デジタル通信網(ISDN)の数倍〜数十倍の速度で情報伝送できるデジタル加入者線(DSL)のサービス加入者数が一気に増加した。一方、日本では圧倒的な影響力をもつNTTがISDNを重視しため、DSL市場はなかなか拡大しなかった。」と指摘されています。

フランスと日本

デジタル通信網(ISDN)の敷設で先行したために逆にブロードバンドの普及が遅れた日本(65位)は、国営電話時代に「ミニテル」という専門の情報端末が配布されたために逆にIT活用度が低くなったフランス(19位)と一脈相通ずるところがあり、ここでも「先行者から改革は生まれない」の仮説の正しさを検証することができそうです。但し、ADSLが最近急速に普及してきましたので、インターネット使用料金の格差は一時に比べて大幅に縮小されてきました。

7-3-2.アメリカの国際競争力

アメリカ政府の不退転の決意

世界経済フォーラム「2002年世界IT報告」で、アメリカはフィンランドに次いで第2位にランクされていますが、これは“モーバイル・インターネット”普及度が17位、“ブロードバンド”の普及度が5位と、それぞれで1位のフィンランドと差がついているためです。“国際競争力”は、別途国際競争力比較を毎年発表している国際経営開発の評価ともども第1位として評価されています。ゴア上院議員(後に副大統領:MIT出身)が1987年に提出し1991年に制定されたHPC(High Performance Computing Act)は、後にネットワークも含めたHPCC(High Performance Computing and Communication)の概念に移行し、更に1993年の情報スーパーハイウェイNII(National Information Infrastructure)構想に結びつきました。この根底には、「コンピューターに関する研究開発は、米国の安全保障と経済的発展の命運を決するものであり、この分野での米国の優位を今後も継続しなければならない」という認識があり、ここにアメリカ政府の不退転の決意の程がうかがえます。

米国企業の自助努力

しかしながら、政府施策が成功裡に進捗した背後には民間企業によるIT革新と経営改革の成果があったということを見逃してはならないと思います。以下に掲げる雑誌記事の抜粋は直接ITに関わるものではありませんが、ここから日米企業間の風土の差が読み取れると思います。米国企業の旺盛な進取の気象はかつての日本企業が身に付けていたものなのです。今や先行者ではなくなったわけですから、日本企業は原点に戻って改革を促進する必要があると思います。

米国企業の進取の気象

月刊誌「Voice」2003/5月号インタビュー

日本電産・永守重信社長「闘争心のない技術はいらない
Q: リスクがとれなければ、一番手になれないし、オリジナリテイの追求もできない。ましてや、世の中にない新しい商品開発は不可能です。
A: 会社をつくったばかりのころ、日本の大手企業が実績のないモーターを使ってくれないので、アメリカにもっていたことがある。そうしたら、「どこも使ったことのない、世界初のモーターをもってきてくれたのか」といって大歓迎された。彼らは、ハイリスク・ハイリターンのビジネスを、身をもって実践するのです。後日、この話を日本の大手企業にすると、「大変だ。早くそれをもってきなさい」と言われた。ところが、「アメリカがすでに使っているものを使うのでは、おたくは負けます。新しいものを開発しましょう」と言うと、「でも、それは実績がないから----」と逆戻りです。下手をすると、「何?わが社を実験台にするつもりか」なんて怒られる。他社が使っていないものを使って失敗し、責任をとらされるのが怖いわけです。これでは、競争に勝てるわけがない。
Q: なぜ、日本のリーダーは、リスクをとれないのですか。
A: 減点主義だからです。それが、日本が競争力を失った二つ目の理由です。何か失敗したら、責任をとれと怒られる。だから、何もしないのがいちばんいい。あるいは、一番手で大成功するよりも、二番手でそこそこの成功を収めるのをよしとする。日本は大企業ほど減点主義だし、優秀といわれる人たちほど、減点主義の会社に入りたがり、結局、何もしないわけです。***

<こぼれ話>

歴史の流れ

経済史の講義の最中に“大塚史学”で有名な大塚久雄教授が受講生である私達に質問されました。「本州から九州に行くのは東から西への動きになりますね。では、本州にある下関から九州の門司に行くのはどういう動きになるでしょうか?」と。先生は私達に「歴史の流れは直線的なものではなくて、大勢は本州から九州へのような東から西への流れであっても、局所的には下関から門司へのような西から東への流れもあるのですよ」ということを私達に伝えようとされていたのです。本稿では、「インターネット時代への推移」も、まさに本州から九州へのような歴史の流れであり、随所に下関から門司へのような逆流現象は見られるものの、決して元に戻るものではないものと考えられます。“インターネット・バブルの崩壊”などという表現が日本経済新聞でもしばしば使われていますが、これもインターネットの離陸期から安定航行期への移行に伴う過渡的な逆流現象としてとらえる必要があると思います。離陸期に雨後の筍のように生まれてきたインターネット・ニュービジネスが市場で淘汰されるとともに、インターネット装備のために需要が急増したIT関連のハードウェア、ソフトウェア及びサービスの業界が需要一巡により生産調整の局面を迎えたのが“インターネット・バブルの崩壊”の実態なのではないかと見ています。本稿では、とかく軽視されがちなインターネットの『陰』の部分に焦点を当てて考察しましたが、インターネットにはこれを遥かに上回る『光』があるために、政府、企業、家庭に入り込んでインターネットを用いた行動パターンがすっかり根付いている点に注目すべきだと思います。“citizen”(市民)をモジった“netizen”(「網民」とでも訳せば良いのでしょうか)という言葉さえ作り出されています。「ネットを使えなければ市民権を与えられない」という表現が現実的な意味合いを持ってきつつあるようです。


文化の流れ

歴史と同様に文化の流れも必ずしも直線的なものではないようです。東芝商事に民生用通信機器の営業部門が新設されることになって、私が他部門からそこに移籍されて暫くしてのことでした。新製品の家庭用インターホンにどのようなペットネームを付けたら良いか、私は若手社員や広告部のメンバーから幅広くアイデアを集めていたのですが、集まったアイデアの中の「コールミーCall Me」を採用したいと思い課長に提案しました。課長もきっと気に入ってくれると思ったのですが反応は意外なものでした。「佐々木君、“Call me.”では命令形なのでお客様に失礼になるじゃないか」という反対に出くわしたのです。さて、ここで命令形をめぐる文法論議を始めるべきなのかどうか対応に迷っていたところ、思わぬところから声がかかりました。二人のやり取りを傍受されていた部長の片倉修さんでした。「だけど、化粧品のキスミーKiss Meだって命令形だぞ」の一言は絶好のタイミングの助け舟となりました。多分、片倉家では私と同年代のお子さん達との間でキスミー論争が既に終わっていて子供世代から親世代への“命令形=おねだり形”論が伝わっていたのです。その時の課長は大久保兼之さんという方で、頑固そうな外見に似ず優しくユーモアに富んだ方で大好きだったのですが、残念ながら子供世代と親世代の狭間におられたために旧来の“命令形”論から抜け出せずにおられたのです。以前は「運動着」であった着物を「トレーナー」と称して街着とする文化も子供世代が作って、その親達に伝わったのだそうです。「運動靴」が「スニーカー」に、「バンド」が「ベルト」に、「背広」が「スーツ」にそれぞれ変わったのも、若者から一世代隔てた年配層に伝わったものであり、中間層はこのような文化の伝播に一時置き去りにされていたようです。将来、皆さんが企業人になられた時にも、案外直接の上長より一世代隔てたお父さん世代の年齢層の管理者の方が皆さんの良き理解者になってくれるということがあるかもしれません。

インターホンに学ぶ

「インターホン」は、同じ「インター」でも“internal”の“inter”で「内部」の意味ですし、「ホン」も“phone”で「電話」の意味ですから「インターネット」の対極にあるものですが、インターホンの商品企画と販売促進、PSI(生産・販売・在庫)管理の仕事に携わっていて得た教訓がいくつかありますので、話の成り行き上ご紹介しましょう。

東芝商事の新設の通信機器営業部に移って、先ず私が注力したことは、トップメーカー松下通工と同等の製品ラインナップを整備することでした。そんな中で、5局式と10局式インターホンも商品企画して、苦労惨憺ようやく松下通工製品並みの価格設定pricingが実現し、新製品発売の新聞報道まで漕ぎつけることができました。ところが、その新聞報道から1週間発つか経たないうちに、松下通工が従来品より30%強低価格な5局式・10局式インターホンを出してきました。慌てて、1式購入して調べてみると、筺体に“occupied”という英語の刻字があり、そこに「通話中」という日本語のラベルが貼ってありましたので、これは輸出用製品を国内向けに仕立ててきたものだということが分かりました。ようやく追いついたと思ったところで、先行ランナーに軽く愚弄されたような思いがしました。トップシェア・メーカーは顧客との接点が最も多く、それだけ市場情報も集まりやすいものですが、その他にも戦略・戦術に対する自由度が高く、様々な市場競合上の打ち手が打ち出せるものなのだと痛感させられました。同時に、後発メーカーとしては先発メーカーの後追い企画をしていては駄目なのだということを思い知らされてしまいました。「グローバル市場」の発想の必要性もこの時に学んだ教訓の一つでした。
東芝は、家庭用インターホンを前述の通り「コールミーCall Me」というペットネームを付けて発売しました。これは後追い企画製品ではなく、壁のフックから外すだけでスイッチが入る壁掛けスイッチ方式を使ったユニークな製品だったのですが、商標登録を怠ったために、後に当時のインターホンのトップメーカー松下通工に商標登録されたために、「コールミーCall Me」のペットネームが使えなくなってしまいました。インターホンとともに担当していた拡声装置でも、当然一般名詞だと思っていた「BGM(バック・グラウンド・ミュージック)」が松下通工の登録商標になっていたため東芝は「BM装置」として商品化するしかありませんでした。後発メーカーとしては、製品ラインナップの整備で手一杯なところを、知的所有権にまできめ細かい手を打ち実利を積み重ねていくトップメーカーならではの戦力と余裕の程を痛感させられました。特に、同じ知的所有権でも、特許や実用新案は有期限なのに対して商標は無期限使用可ですからこたえます。今後ますます著作権も含めた知的所有権問題のウェイトは高まってゆくものと考えられ、知的所有権に関する知識は企業人にとって有力な武器になりますので、少なくとも関心だけは持ち続けられるようお勧めします。

(Ver.1 2003/ 3/28)
(Ver.2 2004/ 7/14)
(Ver.3 2006/ 7/16
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