インターネット・ビジネス論

第4課 インターネット・ビジネスの捉え方

4-1.経営とTT

企業のIT活用

企業のIT活用には次のような3段階があるとされています。
・ IT援用の段階 ITはまだ脇役で精々人の仕事をアシストするレベル
・ 自動化の段階 ITによって特定の業務やビジネスプロセスの自動化が実現される
・ 戦略的活用の段階 全社的なビジネスビジョンの実現がITによって推進される
このうちの「自動化」は”Automation”であり、インターネット前夜の段階から、OA(Office Automation)やFA(Factory Automation)などの名のもとに日本でも盛んに取り入れられてきました。

自動化

特に、製造現場におけるNC(Numerical Control)やCIM(Computer Integrated Manufacturing)を用いたFAによってブルーカラーの“業務プロセス(工程)の自動化”が進み、日本企業の製造力を世界に冠たるものにするのに大きく寄与しました。一方のOAも、コンピューター・システムや、電卓、ワードプロセッサー、複写機などのIT機器の進化と普及に伴って進展しましたが、精々“特定の業務の自動化”にとどまるもの、つまり、これまで手作業で行なっていた業務の「効率」を自動化によって高める範囲にとどまるものがいわゆるOAの主流を占めていたものと考えられます。

「効率」から「効果」へ

インターネット前夜の段階でも、企業のIT活用は、「効率」から「効果」の追求へと重点が移行しつつありました。TTを用いて「宅急便」という新しい業態を創造したクロネコヤマトは「戦略的活用の段階」に至った僅かな例ですが、同じ「自動化の段階」でも“特定の業務の自動化”から“ビジネスプロセスの自動化”の方向が目指されるようになりました。「効果」は、コスト削減(with Less)だけでなく、同時に、企業としての能力の強化(Do More)をする、つまり”Do More with Less”を実現するものですから、部門間の協調連携が不可欠です。

経営のための「なくてはならぬ道具」に

あるビジネスプロセスを自動化することによって、その上流工程部門と下流工程部門を直結させたり、関連部門の組織を統合またはフラット化したりすることがなければ「効果」の実が挙がらないからです。全社的で根幹的な経営問題を解決するためにITが活用されてこそ、他社との差別化を図って他に真似のできない価値提案をめざし、他社の追随を許さないスピードの経営、アジリティーの実現といった「効果」が実現できるわけです。ここに至ってTTは、単なる「経営のための道具」ではなく、経営のための「なくてはならぬ道具」になるということができます。

4-2.記者が打者になった

記」者が「打」者になった

三井業際研究所リエンジニアリング特別委員会でアドバイザーをしてくださっていた梅沢豊先生(当時東京大学経済学部教授)のお世話で、当時日本経済新聞社論説委員をされていた中島洋さん(後に慶応義塾大学教授として転身されました)による講演会が実現しました。

日本経済新聞社におけるリエンジニアリング
(BPR:Business Process Reengineering)実践事例についてお話を伺ったのですが、その時に特に強く印象に残ったのが「記者が打者になった」という表現でした。如何にもジャーナリスティックな表現なので気に入ったのですが、それまで記事を手で「記していた」同社記者がPCで「打つ」ようになってからリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)が実現したという話だったのです。

従来、記者の手書きの原稿は、ファクシミリやバイク便等でデスクに送られて校正を受けた後入力部門に送られ、そこで初めてコンピューターに入力されていたのです。もともと他紙に先駆けてコンピューターによる新聞制作技術の自動編集組版システムを採り入れていた日本経済新聞なのですが、デスクに至るまでのプロセスは「ペンと紙」の伝統的な新聞記者の世界だったのです。
記者と打者の違い

もともと、走り書きの読みにくい記者の手書き原稿に、デスクによる訂正、挿入、削除、書き直しが加わるのですから、さぞや入力部門では判読するのが難しく、これに続く校正部門でも相当の手間隙がかかったことだろうと思われます。

ところが、記者にPCが渡され、記事が「打たれる」ようになってから事情が一変したそうです。「打者」は電話回線などを使ってどこからでも瞬時にデスクに原稿を送れるようになりました。PCネットワークでデスクに送られてきた記事原稿はデスクのPC上で添削され、添削結果がそのままPCネットワークで編集・印刷部門に送られるようになったからです。

リエンジニアリングの効果

このため、入力部門と校正部門が不要になり経営コストは大幅に減少しました。一方、プロセスが簡素化されたことにより、新聞制作時間が大幅に短縮されました。新聞発送時刻から逆算された新聞制作完了の期限時刻があり、またそれから逆算された最終原稿の締め切り時刻というものがあるのですが、PCネットワークを導入したために日本経済新聞社の最終原稿の締め切り時刻が各新聞社の中で最も遅く
(latest)
なったそうです。顧客である読者は、他紙では読むことのできない文字通り最新の(latest)情報が読めるようになったのですから顧客満足度も大きく向上したわけです。

成功要因

「PCで記事が打てるものか!」、「記事は原稿用紙に限る!」、「かえって時間がかかってしまってたまらない!」などなど、記者魂が身についた伝統的な「ペンと紙」の世界の住人からの抵抗は想像に余るものがあったようです。しかし、PCネットワーキングという情報技術(IT)を活用し新聞制作プロセスを変革したからこそ、経営コストの削減と顧客満足度向上のトレードオフ関係をブレークスルーするリエンジニアリング
(BPR:Business Process Reengineering)を実現することができたのです。

4-3.大幅な組織簡素化と権限委譲

大幅な権限委譲

これも三井業際研究所リエンジニアリング特別委員会で、梅沢豊先生のお世話で、日本精工(株)を見学させていただいた時には驚きました。まだ20歳代か精々30歳そこそこにしか見えない若者が、たった一人で国内数箇所にある工場の生産管理を取り仕切っていたのです。

大幅な組織簡素化

また、各地の工場でも組織を統合して、生産管理、在庫管理、工程管理、品質管理など、それぞれ別立ての組織で担当されていた業務を単一の組織に統合したというのです。これによって、従来は工場別にそれぞれの最適が追求されていたのですが、全社的最適の観点から生産活動のPDCAのサイクルが回せるようになったのです。また、工場内でも、同じコンピューター・システムが出力する同様なデータを使いながら、それぞれの組織の管理階層を通じて管理されていた生産活動が、単一の組織で工場全体の最適を追求する形で行われるようになったのだそうです。


階層的組織構造の排除

本社と各工場の間を接続するコンピューター・ネットワークを活用することによって工場の複数のピラミッド型管理組織が単一のフラット組織に簡素化され大幅な管理コストの削減を実現することができると同時に、工場内の各組織内の管理階層間と組織間をデータや情報が流通する時間を大幅に短縮することによって顧客の希望納期に対する対応力を強化し顧客満足度を高めることができたのです。

階層的組織の弊害

考えてみれば、一般担当者より係長(主任)、係長(主任)より課長、課長より部長というように管理階層が高くなるほど質の良い意思決定ができるという重要な案件は数が限られたものであって、大半は一般担当者であろうと係長(主任)、課長、部長であろうと同じような意思決定しかできないような一般的な案件です。ところが、重要な案件も一般的な案件も「一般担当者→係長(主任)→課長→部長」といった決済ルートを辿っていたために不必要な管理のコストと時間がかかっていた訳です。しかも、各部門の決済がパラレルにできずシリーズにしかできませんから更に余計な時間がかかっていたのです。

成功要因

コンピューター・システムの中に作業指標の正常値の範囲を示す境界値(閾値:threshold)を覚えこませておいてコンピューターが異常値を出して警報を発信した時だけ経験豊かな管理者に事態収拾を委ねるようにしておけば、後は一般担当者に意思決定の権限を委譲できるはずです。しかも、日本精工(株)で目撃したように、権限委譲された一般担当者は動機付けられて活性化しますので、リエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)は人材の育成にもつながるわけです。コンピューター・
ネットワーキングという情報技術(IT)のリテラシイに、組織簡素化、権限委譲と異常値管理技術といった経営リテラシイが結びついて初めてこのリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)は実現したのだと臨場感をもって確信しました。
日本企業の本社組織

日本の企業は「モノ」作りの現場には非常な優位性があるものの、それ以外のバックオフィスは非常に遅れていた。いわゆる本社組織を見ても、大きな会社だと何千人も人がいる。製造業の本社に何千人も人がいるというのは国際的にはかなり異常。今まで工場や研究所で実績を上げてきた人が本社に押し出されてきて、巨大な余剰人員が本社のオフィスに詰め込まれていく。企業が成長しているときは違うところに活動の場を見つけられるから良いが、成長が止まれば、それまで充分な能力を発揮して企業の成長に寄与していた人が急に余剰になってしまう。新しい企業の方が、こうした過去の負の遺産をもたない分だけアドバンテージがある。

<こぼれ話>

ウォークマンの背後にあるもの

今では撤退してしまって手がけておりませんが、東芝もかつては音響製品を製造販売しておりました。ソニーのウォークマンに追随して販売していたウォーキーもその中の一つだったのですが、ウォークマンの場合は本社担当者が単身で製造工場にきてその場で1万台級の制作発注をしていたそうです。「ウォーキーだったら事業部長の決裁がなければ発注できないのに」と、たまたまこの両者の製造に関与した私の友人は述懐しておりました。一種のDFS(*)となったウォークマンと撤退を余儀なくされたウォーキーの彼我の差を見るにつけ、ソニーがBPRを実践することによって大幅な権限委譲を実現し業務のスピードとコストを大幅に改善したことと、これを特に異常値管理システムによって支える情報技術(IT)革新を実行したこととが推定され、「優良企業には優良ビジネスプロセスと優良ITあり」という仮説は容易に検証されそうに思えます。

現に、
2000/10/28号「週間ダイヤモンド」で特集した「IT先進度ランキング・ベスト100社」では製造業トップにランクされていまおりますし、日経BPコンサルティング誌が行った「ブランド・ジャパン
2002」の調査でもBtoB部門のホンダと並んでソニーがBtoC部門のトップとしてノミネートされています。但し、日経連関連の国際IT研修の際に、その日本最高級の業務プロセスとITを開示して、後発アジア諸国の参考に供してくれるよう懇請したのですが、願いが受け入れられなかったのは残念なことでした。情報システムに関する情報開示に関しては厳しい規制が行われているのかもしれません。しかし、ウォークマンの開発過程などについての情報開示は自由なようで、講演会で開発プロジェクト・リーダーの話を聞いたことがあります。インターネットやBPRは、まだその言葉もないくらい昔の話ですが、その頃からBPRの目指すような、水平的な組織運営や大幅な権限委譲が行われていたようです。ウォークマンは「“経営”技術のソニー」ならではの産物ではなかったのではないかと思っています。

(*) DFS(De Facto Standard)…公的に認定されていなくても市場の過半を占め追随するものが多い事実上の標準/業界標準

4-4.「会社」と「社会」のリエンジニアリング

「会社」内のリエンジニアリング

私が三井業際研究所リエンジニアリング特別委員会に関与していた時期(1996/4-1996/9)は、前述しましたように、まさにIT革命が起きていた時期に当たるのですが、当時の日本はインターネットとともにリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)も夜明け前の状況にあったため、ケーススタディに値する国内のリエンジニアリングによる経営改革の事例を探すのに苦労しました。リエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)と似て非なる製造工程改革事例をもってリエンジニアリング事例と曲解するメンバーが特別委員会の内部にさえいたことも事実です。しかし、上述の日本経済新聞社と日本精工(株)の二例は紛れもないリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)事例であったと思います。そして、ここに「情報技術(IT)の革新なくしてリエンジニアリングによる経営革新なし」の仮説を得たのです。

インターネットによる「社会」的なリエンジニアリングの浸透・拡大

但し一方ここでは、この先進2事例といえども企業内リエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)の域にとどまるものであったということに注意する必要があります。リエンジニアリング前夜とインターネット前夜とが呼応すると考えられるからです。はたして、インターネットの普及に伴って、企業内の「会社」のリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)が幅広く浸透するとともに、次のような「社会」的なリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)が急激に拡大して来ました。特に、この社会的側面を見逃すと「リエンジニアリング」更には「インターネット・ビジネス」の見方が矮小化してしまいますから注意を要するところです。
(1)   業態のリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)

かつてインターネットが商用化するより遥か前にヤマト運輸が情報技術(IT)を用いて「宅急便」という新しい業態を創造したのと同様に、「アマゾン・コム」がインターネットを活用して、在来の書籍商という業態のビジネスモデルを革新した「インターネット書店」という新業態が誕生したのはあまりにも有名な話です。数年前までは誰も知らない小さな会社でしたが、今では
100万人以上の顧客を持つ世界最大のネット書店に急成長した「アマゾンドットコム」が先鞭をつける形で、一般消費者が利用する「インターネット・ショッピングサイト」が急速に立ち上がってきました。インターネット上に複数の業態のバーチャルな商店街を形成する「インターネット・モール」や様々な原料・部品・工具・設備なども含めた
バーチャルな展示即売場を設けるeマーケットプレース(電子市場)」など、様々な業態で従来のビジネス・プロセスを変革した新しいビジネスが創造されるといった大きな動きが進行してきています。

(2)   企業・顧客間のリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)

日本の企業が得意としていたTQCによる「マーケット・イン」式経営技術も
インターネットBtoC(Business to Consumer)ビジネスの出現によって様変わりの進展を遂げました。企業(Business)と消費財顧客( Consumer)の間のビジネス・プロセスが劇的に変化し、双方向性と即時性のあるインターネットのホームページとメールを使って、いながらにしてバーチャルに売買できるようになったからです。顧客は、望む性能・機能(Quality)の製品・サービスを、必要な時(Delivery)に最善の価格(Cost)で入手できるようになったので顧客満足度は大幅に上昇しました。同時に、企業の側もマーケティング・コストや物流・在庫経費などの経営コストを大幅に削減できるのですから、まさにリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)の面目躍如です。

(3)   企業間のリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)

TQC王国・日本の中にあっても、トヨタのカンバン方式は世界に冠たるものであり、これを原型としたJTT(Just In Time)方式は当時一種のグローバル・スタンダードになっていました。実は、このJTT方式もアセンブリー・メーカーと部品のサプライヤーとの間のBtoBビジネス(
企業間取引:Business to Business)を改善するための手法だったのですが、
インターネットBtoBビジネスの出現によってサプライヤー間の取引連鎖(サプライ・チェーン:Supply Chain)も様変わりしました。インターネットによって、アセンブリー・メーカー周辺の既存の企業グループから離れたところから新たにサプライヤーがサプライ・チェーンに参入することにより、より高次のQCDを備えた製品・サービスを調達することができますし、川上から川下までのサプライヤー同士がピラミッド構造の中の上下関係ではなくて利益を共有できるビジネスパートナーとなり情報の相互開示が活発に行えるようになります。企業間にわたる業務のプロセスを改革することによってハイQCDとローコストオペレーションを同時に実現することができるのです。また、インターネットによって、サプライ・チェーンが一筋のもの(例えば、自動車の製造専一のサプライ・チェーン)から多次元構造のものへと進化してきます。例えば、不動産取引においては一つの物件取引に関連して、ローン、保険、引っ越し、什器購入など、相互に関連しつつも、まったく異なる商品の取引が芋づる式に必要になってきますが、このような異なった流通のチャネル間での取引のサプライチェーンがインターネットでつながれることにより、多業種間にわたる業務プロセスが改革され、トータル経営コストの極小化と同時にQCDの極大化が実現できる可能性が飛躍的に高まるのです。

(4)国際的なリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)

「グローバリゼーション」や「ボーダーレス」といった言葉が企業内外で多用されるようになったのも、もともと潜在能力を秘めていた中国が一気に「世界の工場」として顕在化したのもインターネットを機軸とした
情報技術(IT)の革新によるグローバルなロジスティクス・プロセスの革新と無関係ではありません。今や、距離や地域に関係なく、世界中で最良な拠点で、世界中で最適なビジネス・パートナーと提携することによって製品の開発・生産・流通活動ができるようになったのです。また、Webの出現によって、広告、マーケティング、販売、顧客サポート活動における企業・顧客間および企業間の国際的なビジネス・プロセスも劇的な変化を遂げつつあります。世界の規模で経営コストの極小化を実現すると同時に最善のQCD(Quality / Cost / Delivery)を実現して顧客満足度を極大化することができるようになったのです
“安かろう良かろう”の新常識へ

このようにして、インターネットを中心とした情報技術(IT)革新を契機として、経済社会のいろいろな局面で、商品の品質を大幅に改善しつつ同時にコストを大幅に削減するリエンジニアリング(BPR)が進行しつつあり、これが“安かろう悪かろう”の旧常識を覆して“安かろう良かろう”の新常識に基づく新しい経済社会の秩序を実現させたものと考えられます。ほとんど“常識化”してしまっている「デフレ論議」もこのような角度から見直してみる必要があるように思えます。需給バランスの失墜による値下がりよりも“安かろう良かろう”式の積極的な売価ダウンのパターンの方が圧倒的に多く、競争にさらされていないために旧態依然としたビジネス・プロセスで事業を継続している企業の商品の価格には“デフレ”の余波が及んでいないからです。民営化論争でにぎやかな高速道路の通行料などもその典型的な例であり、値下がりどころか法外とも思われるほどの値上げをしているところさえあります。民営化の先輩であるJRもまた然りで、運賃値下げの話は少しも聞こえてきません。経営形態を国営から民営にするだけでビジネス・プロセスを改革しないのなら品質大幅改善とコスト大幅削減の同時に実現が期待できないということは国鉄のJRへの民営化の事例を見ても自明のことと思われます。

4-5.「旧来通りのやり方」の否定

既存の構造と手続きをすべて無視

リエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)は、単なる改善や強化、修正を目指しているのではなく、既存の構造と手続きをすべて無視して、仕事を達成するための全く新しい方法を発明することです。インターネットを中心とした情報技術(IT)の革新は歴史的なものですから、企業経営の手法やコンセプトも歴史的な転換を余儀なくされ、「旧来通りのやり方」ではもはや通用しなくなっているのです。

必須条件となった“劇的”“根本的”“抜本的”改革

古く
アダム・スミスの時代から歴史的に受け継がれてきた「分業体制」、「規模の利益」、「階層的組織構造」などの旧来の常識を無視して、顧客のためのビジネス・プロセスの再構築をするリエンジニアリングが企業存続のための必須条件となった所以です。提唱者であるマイケル・ハマーによると、リエンジニアリングの定義は「企業活動における品質・コスト・スピード・サービスなどを“劇的に”改善するため、業務プロセスを“根本的に”考え直し、“抜本的に”デザインし直すこと」ですが、ここにおける“劇的に”、“根本的に”、“抜本的に”という表現は単なる美辞麗句ではなくて必須条件なのです。

不可欠な情報技術(IT)

しかし一方、こうしたリエンジニアリングの必須条件を満たすためには情報技術(IT)が不可欠であり、情報技術(IT)がなければリエンジニアリングは達成できません。「情報リテラシイ=ITリテラシイ+ビジネス・リテラシイ」と捉え、インターネットを核とする情報技術がITリテラシイの世界に変革をもたらし、それが企業内外におけるリエンジニアリング(BPR:Business Process Reengineering)というビジネス・リテラシイの領域における変革を可能にし、情報リテラシイを飛躍的に高める素地ができたものと理解しています。

以下に掲げる
日本経済新聞の論調は、このような理解と一部符合していると思います。

求められる企業経営の革新

日本企業は経営技術の世界においても立ち遅れてしまっており、自助努力による企業の競争力回復が強く求められている。企業経営の革新は多岐にわたるが、以下の三つの領域が重要である。
1.     コーポレートファイナンスの戦略的活用(詳細略)
2.       情報技術(IT)によるプロセス革新
単に社内情報システムを如何に強化するかというものではなく、インターネットという標準化された世界ネットワークを通して企業間取引を圧倒的に効率化するとともに、企業と顧客との距離感を縮め、いかに顧客密着型の事業モデルを構築するかという事業プロセスの抜本的な革新を問うものである。
3.       無形資産の創造とグローバルな再生産(詳細略)
(2001・8・17 日経新聞)
また、「ITエンジニアに要求されるスキル」として、「いつの時代にも通用する基礎知識・理論の補強・再整理・棚卸(最新のIT技術、製品、システム及び経済、会計学をはじめとしたビジネス基礎知識など)」、「グローバル・スタンダード」、「フルライフサイクルサポート」と並んで「BPR提案」が掲げられているのも注目に値します。

4-6.「インターネット・ビジネス」の捉え方

以上のように考察してみますと、当講座に与えられた要求仕様のうちの「インターネットを利用したビジネス」を、「単に“インターネット”接続を情報通信システムに採り入れたビジネス」としてではなくて、「インターネット接続により様々な形のリエンジニアリング(BPR)を実現した“ビジネス”」として捉える必要があるということが分かります。そうでなければ、企業経営の手法やコンセプトが歴史的な転換を遂げた現在、「ビジネスチャンスを的確にとらえる」糸口すらつかむことができないからです。

逆に、インターネット接続を実際に情報通信システムに採り入れるかどうかは当該ビジネスのビジネス・プロセス次第です。つまり、インターネットの出現によってリエンジニアリング(BPR)実現の範囲と規模が飛躍的に拡大したのは厳然たる事実ですが、インターネットはリエンジニアリング(BPR)の必須要素ではないのです。特に、インターネットの技術を利用して構築される企業(グループ)内情報通信網である「イントラネット」やリエンジニアリング(BPR)と密接な関連のあるERP(Enterprise Resource Planning)等によるITソリューションも視野に入れて「革新的業務プロセスづくりのためのキーツールとしてインターネットを機軸とした情報技術(IT)を利用したビジネス」として「インターネット・ビジネス」を捉える必要があると考えられます。

例えば、前述の日本精工(株)も、その後、
自動車メーカーなどのパートナー企業と協調した従来の需要地生産主義を脱し、グローバルな生産拠点を有機的に連携させる最適地生産主義へと転換して生産や販売、物流プロセスを再構築するためにERPパッケージを導入して、ベアリング分野で国内1位、世界2位を誇る業界トップメーカーの地位を保っているのですが、インターネット経由での受発注データや商品情報の一般向け公開はなお「今後の課題」とされております。ERP(Enterprise Resource Planning)は、財務会計から、生産、販売、物流、会計、人事管理といった企業の基幹業務を統合的に扱うパッケージソフトで、企業全体の経営資源を最大限有効に活用するために用いられます。資材購入から製品販売までの各業務を統合化してとらえ直し、あらゆる業務を最適化するところに本質がありますから、業務プロセスの改革が伴わなければ有効な導入は期待できないのです。ですから、「インターネット」に固執していると日本精工(株)のような国際的リエンジニアリング(BPR)の成果としての「高度エレクトロニック・ビジネス」の成功事例を見落としてしまうことになります。


(Ver.1 2003/ 3/28)
(Ver.2 2004/ 7/14)
(Ver.3 2006/ 7/16
)

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