インターネット・ビジネス論

第12課 ケース・スタディー  Part2

2−A カネボウ化粧品

1.ワン・トゥ・ワン・マーケティングの魁

CRM(Customer Relationship Management)は、「顧客関係(Customer Relationship)を重視した経営(Management)手法」ですから、インターネット出現以前から企業にとっての存続条件の一つであり、TQCの基本的な考え方の一つである「マーケット・イン」も根はCRMと同じところにあったのです。

しかし、インターネットをマーケティング活動に取り入れられるようになってから、特にその情報流通の双方向性を活かして遥かにきめ細かな顧客関係が築けるようになりました。マーケット情報を層別化して取り入れるのではなくて、「個人」情報をそのまま取り入れた顧客密着型のワン・トゥ・ワン・マーケティングの展開が可能になったからです。インターネットによって、「マーケット・イン」が「カスタマー・イン」に進化したといっても過言ではないでしょう。

特に、インターネットによって顧客の好みの情報を先まわりして提供する「リコメンデーション機能」が与えられたことは、「リコメンデーション」のあり方に腐心し続けてきた化粧品メーカーの見逃すところではなかったのでしょう。かつての紡績会社「鐘紡」から華麗な変身を遂げた「カネボウ」が、マーケティングの面でもインターネット・マーケッターへの変身でも先陣を切っています。

2.「フレイア」のプロモーションに成功

カネボウ化粧品は、1998年8月28日から1999年3月31日までの期間限定ということで、インターネット上に「フレイア・サポート・デスク」というホームページを開設しました。そこで、アクセスしてきた人の肌診断をサイト上で行ない、肌に合ったサンプルを1万人に提供しモニターにするというプロモーション活動を実施したのです。

この結果、マス広告を実施する前だというのに、サイト開設から約3週間でウェブだけで1万人のモニターを獲得しました。しかも、サンプル請求者の約1/4を同社の新ブランド製品「フレイアFreya」購入に導くという大成功をおさめました。サイトにアクセスしてきた人の約8割が他社ユーザーであったということですから、間違いなくインターネット・プロモーションの大成功事例であると言えるでしょう。

しかし、従来のマス・マーケティングとインターネット・マーケティングの統合が成功の真因になっていますので、マーケティング・ミックスのあり方についても大いに学ぶところがありそうです。

3.「フレイア・サポート・デスク」の狙い

@新規ユーザー獲得のためのブランド・プロモーション

まず、「フレイア・サポート・デスク」が、あくまでプロモーション活動の一環としてスタートしたものであり、デパートやドラッグストアなどの販売店に新規ユーザーを誘導して“
One Day Recovering”というブランドコンセプトを持つ「フレイア」を購入してもらうことに目的があったということに注意する必要があります。つまり、インターネット上で「フレイア」を販売する直販型B to Cコマースの実現を目指すものではなくて、間接販売促進策の一環であったわけです。

A商品開発への展開のための顧客レスポンス情報の収集と分析

「フレイア」を試用していただいた顧客(または潜在顧客)の声(使用感やブランドイメージなど)を収集することも「フレイア・サポート・デスク」の重要な役割でした。インターネットを有効に活用することにより、データ品質の高い試用ユーザーの「生の声」を、時間的にもコスト的にも有利に収集することができます。こうして収集した顧客(または潜在顧客)のレスポンス情報をデータベース化し、様々なITツールによって分析することによって顧客の潜在ニーズを把握して製品改良や新商品開発に役立てることができるからです。

4.「フレイア・サポート・デスク」の構築過程

@コア・ターゲット

首都圏在住の20代後半から30代前半の女性に「フレイア・サポート・デスク」のコア・ターゲットは設定されました。

従来の化粧品の販売方法は、テレビなどのマスメディア広告によって、一般化粧品ユーザーを自社製品に対するA(Attention:注意)の段階から、I(Interest:興味)、D(Desire:欲望)、更にはM(Meditation:熟慮)の段階に誘導し、店頭でカウンセリングを行うことによって購買の意思決定をしてもらう(A:Action:実行)というのが一般的な形でした。

しかし、コア・ターゲットに定めた女性達は、昼間は職場にいることが多く、店舗に足を運ぶ時間が限られているのが通常です。また、自分なりに自由自在に商品選択のための熟慮(M:Meditation)をすることが難しい対面販売方式に対して抵抗感を感じる女性層が増えている傾向が一方に事実としてありました。

そこでカネボウは、「コア・ターゲットに対してインターネットや電子メールを利用して継続的に対話を行うことによって新たなユーザーを取り込むことが可能である」という仮説を立てインターネット・プロモーション開始に踏み切ったのです。

A「フレイア・サポート・デスク」の流れ

「フレイア・サポート・デスク」では、インターネット・マーケティング(ウェブ上でのバーチャルな活動)とマス・マーケティング(マス広告など)を統合したマーケティング・ミックスのプロセスを、以下のように「モニター募集期間」「サンプルお試し期間」「商品購入後のサポート期間」の三期に分けて展開しています。
(1)モニター募集期間(1998/8-)

まず、「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」の「ワン」として1万人のモニターを集めるために次のような手段を講じています。

 A.モニター募集

サンプル景品提供をインセンティブとして掲げ、以下のように、インターネット(a及びb)と店頭媒体(c)によるモニター募集を行ないました。

a.バナー広告の掲載
女性向けウェブサイトELLE、CAZ、マグネットカフェ、CC−ネットにバナー広告を出し「フレイヤ」のオンライン肌タイプ診断ページに誘導
b.懸賞サイト「Chance It」の開設
ユーザーが、このサイトからカネボウのサイトに飛んでくる仕組み
c.カネボウの販売店で配布する小冊子にアクセス先URLを表記

結果的には、サイトヘの流入元は、カネボウのホームページからが約6割、バナー広告からが約4割というになったそうです。ホームページ経由のアクセス数が多かったのは、ホームページ内のガイドツアーによるところが大きいものと見られていますが、そのホームページ自体へのリンク元である懸賞サイト「Chance It」の影響が大きかったものと考えられます。
 
B.肌タイプ診断

アクセスしてきたユーザーに対して、オンラインで肌タイプ診断サービスを提供するものです。画面上の簡単なYes/No設問に答えることによって、ユーザーは自分の肌が、四つの肌タイプ(オイリー、オイリードライ、ノーマル、ドライ)のいずれに該当するのか画面上で知ることができるとともに、ここからリンクされたそれぞれのタイプに合ったサンプルの申し込み先の画面に飛んでゆくことができます。
(2)サンプルお試し期間(1998/9-)

サンプルは、インターネットでモニターに応募し肌タイプ診断を受けたユーザーに発送されるとともに、'98年9月になってから開始したマス広告を通じて来店してモニターに応募したユーザーに対しても別途店頭サンプルが配布されます。ユーザーがサンプルを入手してから「お試し期間」がはじまり、次のような「日めくりアドバイス」が試用ユーザーに対して提供されました。
 
日めくりアドバイス

ユーザーがアニメーションを使った分かりやすいアドバイスを見ながら、実際にサンプルを試すことができる体験型サイトになっていて、ここでユーザーに質問をして1日ごとの使用実感を確認するとともに「1週間毎日アドバイス」を提供することができます。先ず初日にサンプルの効果的な利用方法についてアドバイスを送り、2日目以降はサンプルの使用を前提にした質問をして、これも簡単なYes/No設問で投げかけていきます。投げかける質問やメッセージも、「使ってみて気に入った?」、「効果はありそう?」とか、質問に対して“No”と答えたユーザーに対しては「あきらめないでしばらく続けてみて」などといった、やさしく親しみのある友達感覚のメッセージにしています。

(3)商品購入後のサポート期間(1998/10-)

「日めくりアドバイス」を終えてその後のアンケートに答えたユーザー、および、アンケートに答えなくても商品を購入したユーザーが正会員として登録され、延3,500人の正会員に対して以下のような会員サポートが提供されました。

 A.E-mailサポート

ユーザーとのコミュニケーションを継続するために導入されたもので、これによって毎週一回、季節に合ったスキンケアの方法などについて情報提供をしています。
 
B.定期的オンライン肌診断

「日めくりアドバイス」から1か月後、3か月後の肌変化をオンラインで自動的に診断するものです。ホームページ上でアンケートに答えてもらい、前回(1か月後の場合はモニター募集時の診断)と最新の肌診断の結果を対比させることによって、89通りのパターンの中からそれぞれのユーザーにとって最良のアドバイスが提供されます。ですから、「フレイア・サポート・デスク」を訪れるユーザーにとっては、このサイトが自分専用の肌診断やアドバイスが得られる「私のためのサイト」に思え、毎回訪れるようになるのです。まさにワン・トゥ・ワン・マーケティングの典型と言えるでしょう。

5.「フレイア」の成功要因

ユーザーの行動パターンの重視
「フレイア」がコア・ターゲットとした女性化粧品ユーザーは、「昼間は職場にいることが多く店舗に足を運ぶ時間が限られている」という顧客行動パターン仮説に基づいて、時間と空間の制約がないインターネット・プロモーションに踏みきったことが何よりの成功要因であったと言えるでしょう。実際に、ユーザーのサイトヘのアクセスの時間別分布を分析してみたところ、朝9時前後、昼休み、深夜11時ごろの三つの時間帯にピークがあったそうです。オフィスでの始業前や昼休みなどの自由時間、または、帰宅後の心理的に落ち着いた時間帯にインターネットにアクセスしたものと考えられます。
インターネットによる購買心理の誘導

インターネットによるマーケティング・コミュニケーションによって、ユーザーの心理を、第8課で考察した購買心理のAIDMAの五つの段階に沿って、以下のように巧みに誘導している点も見逃せません。特に、M(Meditation 熟慮)の段階で行われる美容指導員が介在する対面販売方式に対して心理的な抵抗感を感じがちなコア・ターゲット層に「フレイア・サポート・デスク」サービスを提供したのが最大の成功要因ではなかったかと推察されます。

A: Attention 注意   「おやっ、何だろう」と注意を向ける
バナー広告や店頭サンプルによって「フレイア」の存在を認識させる
I : Interest  興味   「面白そうだ」と関心を向ける
モニター募集や「フレイア・サポート・デスク」に対して関心を持たせる
D : Desire 欲望   「使ってみたい」と願望する
「フレイア」を試用してみたいという気持ちを起こさせモニター応募を促す
M : Meditation 熟慮   「ちょっと待てよ」と熟慮し選択する
サンプル試用と対話型スキンケアの「日めくりアドバイス」によって、他商品に対する「フレイア」の優位性を体感させる
A : Action 実行   「よし、決めた」と購買を決定し実行する

さらに「フレイア・サポート・デスク」で特筆できるのは、商品購入後のS(Satisfaction:満足)を重視してAIDMASのプロセスを作り上げ、「定期的オンライン肌診断」などの商品購入後のサポートをインターネットで提供してレピート販売のプロモーションにつなげているところです。プロモーションをCRM体系と連携させた一つの好事例であるとも言えましょう。
「インターネットありき」にあらず
同社では「プロモーション活動の一環としてインターネット・マーケティングがある」と位置づけています。「インターネットありき」で「インターネットをプロモーションにどのように使うか」という発想であったとしたら成功はおぼつかなかったことでしょう。「フレイア」の商品特性から判断して、主要ターゲットとすべきユーザー層とその行動パターンに関する仮説を立て、これを実現するために最適なマーケティング・コミュニケーション・ツールとしてインターネットを選択したのです。インターネットを使いさえすれば何もかもうまく行くというものではありません。「あくまでもインターネットは道具であって、基本は顧客満足度極大と経営コスト極小のビジネス・プロセス作りにある」ということがカネボウの成功事例からも読み取れると思います。
ナレッジ・マネジメント指向の組織運営
「フレイア・サポート・デスク」の体制作りのために、特別のプロジェクトなどの専属チームがつくられたことはなかったようです。しかし、ウェブ・サイトを設計するにしても技術部隊の参加が必要でしょうし、肌診断のパターン作成も販売促進部の美容担当などが参加しなければできるはずがありません。ウェブマスターが、コーディネーターとして、各部門の専門家を協働(Collaboration)させ、それぞれのナレッジをインターネット・マーケティングに集約することができたわけです。カネボウに柔軟なナレッジ・マネジメント指向の組織運営を許す風土なかりせば成功は困難なものになっていたものと思われます。
ニーズに応えた商品カ
ユーザーの「フレイア」購入理由は、アンケートによると「ナチュラルエッセンス(植物成分配合)」「肌タイプ別」、「アロマティック」の順だったそうです。インターネットを使ったから大成功したのは事実ですが、プロモーションの対象が商品選定にあたって購入理由となるような特性をもっていなかったとしたらプロモーションは失敗に終わったに違いありません。20代後半から30代前半の女性には、近年とみに「自然派指向」が強くなっており、「フレイア」がこのニーズに応えた商品コンセプトで開発されたものであったからこそコア・ターゲットに受け入れられたのです。商品力がなければ、どのようなプロモーションを行ったとしてもターゲットをAIDMAのD(Desire:欲望)の段階にまで誘導するのさえ難しいことでしょう。
コンテンツの魅力
ユーザーがウェブ・サイトを訪れたとしても、そこに何の魅力もなければ、すぐにそのサイトから去ってしまいます。「フレイア・サポート・デスク」を訪れるユーザーは、アニメーションを使った分かりやすい画面から、自分自身の美容に関する問題について問診を受け、更に、“自分自身”にとって最も適切で新鮮な美容計画の提案まで得ることができます。インターネットのインタラクティブ性を活かし、ユーザーに「私のためのサイト」と思わせるような魅力あるコンテンツづくりがなされているわけです。
シームレスな展開
「モニター募集→肌タイプ診断→日めくりアドバイス→Emailサポート→定期的なオンライン肌診断」という一連の流れをインターネットでシームレスに実現したことが画期的な試みであり「フレイア・サポート・デスク」の最も大きな特徴と言えそうです。店頭での広告、カウンセリング、リコメンデーションなどの機能をすべてインターネットに取り込んだことによって、ユーザーはモニター応募の段階から自主参加の意識を持ち、充足感を味わいながら「ワン・トゥ・ワン」の世界に入ることができます。また、単なる単品商品のプロモーションに留めようとせず、商品購入後の顧客関係(Customer Relations)の維持・強化や、顧客レスポンス情報の収集と分析による商品改良・開発などのマーケティング活動と連携させようとする姿勢に注目する必要があります。
マーケティング・ミックス
マス広告などによるマス・マーケティングとインターネット・マーケティングとのマーケティング・ミックスによって、カネボウは顧客との間の直接情流と間接商流を両立させました。「フレイア」がカネボウの全ブランドのone of themに過ぎないこと、また、化粧品ユーザーの中には未だにインターネット・プロモーションに馴染まない人が多数いることを考え合わせますとカネボウは流通チャネルの活性化を促進してゆくのが本筋と考えられます。「フレイア・サポート・デスク」の業務フローの中に、店頭広告、店頭でのサンプル配布や商品購入者の正会員登録促進などのプロセスを取り入れているのも、流通チャネルの積極的参加を促す意図に基づくものと考えられます。「企業と顧客のダイレクト・リンク」による企業と顧客の間のインダイレクト商流促進の典型事例とも言えそうです。

6.SFA、KM、CRM導入への動き

新ブランド「フレイヤ」のプロモーションに端を発したカネボウのインターネット・マーケティングでしたが、最近では以下の通り、インターネット/イントラネットのマーケティング活動への利用範囲を拡大しています。

・化粧品販売員にPDA(携帯情報端末)を配布

化粧品販売を担当する「ビューティーカウンセラー」(BC)全員約7000人にPDA(携帯情報端末)を配備し、各BCが持つ知識や情報や共有などに活用する「BCナレッジシステム」(ナレッジマネジメントシステム)をスタートさせました。これによって、全国のBCは配布された専用PDA(携帯情報端末)によってシステムにアクセスし、店頭販売で必要な商品知識や販売事例などの情報を閲覧できるようになりました。端末機には「あなたへ」「旬の話題」「ノウハウ」という三つのボタンがあり、百貨店担当BCには百貨店向け情報、化粧品専門店担当BCには専門店情報をというように流通別に分けて配信されたコンテンツを検索できる仕組みで、情報の有用性を高める工夫がされています。また、美容部員からの提案なども音声ファイルで本社・支社に報告できる仕組みもあります。情報伝達を「ダイレクトに」「スピーディに」「タイムリーに」行うとともにナレッジの共有と共用を徹底することによって、BC全体のレベルを向上させ、売り上げ拡大につなげるのがねらいですので、このナレッジマネジメント (KM : Knowledge Management)システムは同時にSFA(Sales Force Automation)ツールでもあるわけです。

・小売店にPOS端末を配布

カネボウでは、資生堂と時を一にして、小売店にPOS端末を配布しています。両社とも1台あたり月数万円のリース料を肩代わりしてまで争って店頭にPOSシステムを導入しようとしている裏に、POS端末とインターネットによって収集される顧客情報が如何に顧客管理の維持強化による顧客の“囲い込み”とライバル製品の“追い出し”に有効かということをうかがい知ることができます。当然、このようなCRM(Customer Relation Management)ツールとしての用法の他にPOS本来の商品(在庫)管理のためのツールから、販売予測用のツール、更には顧客情報に基づく商品企画のためのツールとして複合的に活用されていることが考えられます。

2−B 資生堂

1.アクセス数を誇るホームページ

ホームページ開設の草分け

資生堂がインターネットの実用実験に入ったのは早く、1994年12月から凸版印刷と慶応義塾大学の共同プロジェクト「サイバー・パブリッシング・プロジェクト」に参加して、資生堂の持つ歴史と企業哲学に関する情報の提供を始めています。次いで、社内にマルチメディア研究会を設け、専用サーバーを立ち上げており、1995年1月に阪神大震災が起こった際には資生堂のホームページが被災情報の提供に大活躍したこともつとに有名です。1993年に商用サービスが開始されながらなかなかインターネット黎明期を迎えるに至らなかった日本においては草分け的なホームページ開設であったといってもいいでしょう。

「多くの人との出会い」を目指す

資生堂が本格的なホームページの活用を開始したのは1995年10月1日からのことです。同社の企業理念に含まれている「多くの人との出会い」をインターネットでも実現しようとするかのように、「先ずホームページに集客する」方向をとっています。この点が、ともに日本の化粧品業界をリードしてきた会社同士でありながら、新ブランド「フレイア」の導入という具体的なマーケティング・テーマに焦点をあわせてインターネット・ビジネスを導入したカネボウ化粧品とは対照的で面白いところです。

月間3,000万件アクセスへ

しかし、初めはいささか思惑が外れたようです。「企業案内」を主眼に始めたのですが、ホームページをオープンしてから2-3か月たつと、予想していたところとは大きく異なって反響があることが実感できるようになったからです。休日のダイヤルアップは平日の半分で、しかも美容や商品に関してのアクセスが多いということが分かりました。ここで、求められているのは「企業情報」ではなくて「商品情報」であるということが判明し、発想を転換して女性にとって必要な情報のインプットに注力する方向に軌道修正が行われました。資生堂では、後に経験に学んで、ウェブの進化の段階を、@コーポレート・コミュニケーション、Aブランド・コミュニケーション、Bパーソナル・コミュニケーションの三つに分けていますが、いち早くサイト来訪者の層とその情報ニーズを察知して、いち早くAに重点をシフトしたことが、月間アクセス3,000万件(そのうち2,000万件が女性からのアクセス)という日本の企業の中でもトップレベルのアクセス数を誇るホームページを実現させる結果となりました。

資生堂サイトの“集客力”の根源

しかし、月間アクセスが3,000万件に到達するのは容易なことではありません。資生堂の長年にわたるマス広告の経験と他社に先んじて実践したインターネット実験によって蓄積されたノウハウを投入したこともさることながら、以下の4点を基本方針としてホームページ作成を推進してきた賜物であると考えることができます。
@女性にとって日常不可欠な情報を提供する
具体例として、女性にとっては肌の大敵である紫外線に関する情報があります。資生堂では独自に収集して情報を「紫外線情報」のページで提供し、ここで非常に多くのアクセス数を得ています。
A遊び心をくすぐる
具体的には、「銀座ライブカメラ」のように、銀座の情景を自分のパソコンからリモートコントロールで見ることができるような「女性の遊び心をくすぐるページ」が用意されています。
B顧客の資生堂との直結感を助成する
インターネット上で資生堂本社のスタッフが受け答えすることによって、自分の肌のカウンセリングを受けられるので、顧客の資生堂にたいする親近感が高まります。
C閲覧者の便宜を図る
これはB-WAVEというコーナーで、サイト内のさまざまな情報を番組表のように表示しています。大きなサイトですので、閲覧者が参照しやすいように、ここでコンテンツの構成を案内しているのです。
特に上記Bは、資生堂がインターネット実験で重要性を学んだインターネットのインタラクティブ特性をホームページ作りの中に取り込もうとするものであり、ウェブの進化の過程を、同社の捉えるブランド・コミュニケーション段階からパーソナル・コミュニケーションによるワン・トゥ・ワン・マーケティングの段階に展開する重要な礎石になっています。

資生堂ウェブサイト来訪者のニーズ

資生堂では自社のウェブサイト来訪者が多い理由を以下のように分析しています。
・美容は一人一人に違いがあり、それぞれの個性がある
・資生堂ではお客様の個性に合わせたブランドを多数販売している
・従って、自分に合うブランドの選択に迷っているお客様が多い
・時間的・空間的な制約があるため店頭に来られないお客様も多い
・資生堂ウェブサイトを訪問すれば時間的・空間的の制約なしに必要な情報が得られる
ウェブサイト来訪者の年齢は20-30代が中心ですが、60代に及ぶまでの幅広い年齢層に分布していますので、ホームページのコンテンツは“八方美人的情報”とせず、それぞれの年齢層の来訪者がそれなりの情報を入手して役立てることができるようにセグメント化された編集になっています。

2.インターネット・ワン・トゥ・ワン・マーケティング

ロイヤル・ユーザーの創造を目指す

カネボウ化粧品のインターネット・マーケティングは「自社の従来のマス・マーケティング手法では本来顧客にすべき対象を逃がしているのではないか」という仮説から出発したものでした。しかし、資生堂は「まずホームページに集客する」と言う路線に呼応するものであり、「多くの女性が自社のサイトに立ち寄ってくれることが、自社製品のファンを増やし、ロイヤル・ユーザーを創造する結果になる」という仮説のもとにインターネット・マーケティングの展開を図ろうとするものでした。

ワン・トゥ・ワン・マーケティングへ

インターネットの出現によって、PCにはPersonal ComputerからPersonal Communicatorとしての機能が急激に強まったことからも明らかなように、インターネットは個人の文化の世界であり、そこのホームページも基本的には個人が選んで個人で参照することのできる情報源です。ですから、個人が欲する情報さえ提供すれば、時間的・空間的な制約からなかなか店頭には来られないユーザーも資生堂Webサイドにひきつけることが可能になりますし、他社商品のユーザーにも資生堂ならではの情報を提供すればブランドスイッチを促して資生堂商品の新規顧客を獲得できる機会も増します。「多くの人との出会い」の中で、個人に関した情報の提供とこれに対する個人からのフィードバック情報の収集との双方向パーソナル・コミュニケーションによってワン・トゥ・ワン・マーケティングを実現することができるのです。


Webサイトのサイバー・アイランドCyber Island会員組織

ワン・トゥ・ワン・マーケティングによる顧客囲い込みの中核が、ホームページ上からの登録によって入会できる会員組織で、その登録会員の数は3万5千人(8割方が女性)に達しています。当初は、「+Wメンバー会員組織」(“WWW十Wellness・Woman”の意で女性のイメージを強調)と「+Mメンバー会員組織会員」(“WWW十Multimedia・Man”の意でネット利用者に多い男性を入会しやすくした組織)に分かれていましたが、最近(2003/6時点)では次のような会員区分がなされています。
・ 資生堂ネット会員
「Eメール配信サービス」により、資生堂ウェブサイトの最新情報や有益情報を掲載したメールマガジンが購読できる
・ 資生堂ネット会員ゴールド
「Eメール配信サービス」の他に、発売前の商品モニター募集やサンプルプレゼントに応募できる「各種モニター・プレゼント応募権」と、資生堂パーラーの食品やザ・ギンザのオリジナル・グッズなどをウェブで購入できる「オンラインショッピング」の特典がある
マーケティング・ターゲット

サンプルプレゼント希望者募集の際などに会員にアンケートを行なっていますが、これによって会員の個人情報を収集して分析し、マーケティング・ターゲットの設定に役立てています。化粧品の商品購入は、デパートや化粧品専門店でカウンセリングを受けて購入するパターンと、コンビニなどでセルフ購入するパターンに大別されますが、資生堂のウェブサイトにアクセスしてくる人は前者のパターンに属するユーザーが多く、都心部でデパートのカウンセリングを受け、しかも比較的高額な商品を購入する傾向があるということが分かりました。これも当初の思惑と異なり少々意外だったことだそうです。また、20代、30代のキャリアウーマンからのアクセスが多く、このユーザー層はパソコン操作のスキルもあるのでインターネット・マーケティングのターゲットとしてうってつけであり、かつ金銭的な余裕があり化粧品の購買単価も比較的高いということから、インターネット・マーケティングの重点をアップセリング(上位ブランド販売)におくという方向付けが可能になったのですから、アンケートの効果は絶大であったものと思われます。


メールがワン・トゥ・ワンの最終兵器

ワン(個人)から送られてくるメールに対してワン(資生堂スタッフ)が応答することによってワン・トゥ・ワンの関係が成立します。また、別途、ワン(個人)宛にメールマガジン「アイランド・ウィンズ」を送って、美容や健康等に関する様々な情報を提供しています。「アイランド・ウィンズ」は月に2回の発行で、データ送信が一括の形で行われますので郵送費や運送費がかからないうえに、受信したワン(個人)がそれぞれ関心のある部分についてワン(資生堂の担当部署)とメールによってワン・トゥ・ワンのコンタクトをすることができます。メールによると、電話または対面によるコンサルティングと違って、構えることなく本音ベースの質問をすることができます。また、資生堂にはきちんとしたメール対応体制がシステム化されていますから、返信メールもすんなりと受け入れられ精読してもらいやすくなります。インターネット・メールでは、ワン(ユーザー)にとって有用なホームページの箇所へのリンクを設定することも可能ですので、ホームページとユーザーとのワン・トゥ・ワンの関係を一層強めることもできるわけです。ちなみに、3万5千人の登録者の中でメールマガジンの購読申込みをしたのは2,500人で、3万人にダイレクトメールが送られていましたが、このダイレクトメールも、一括配送ではなくて、登録口のページを担当する事業部から送る仕組みになっていますので、ワン(ユーザー)にとって有用な情報がワン(関係事業部)から提供されることになり、これもワン・トゥ・ワン関係の強化につながってくることになります。


3.インターネット・携帯電話による販促

ユニーク商品にユニーク販促

資生堂では、2000年2月に発売したヘアカラー「CMYK」にユニークな販促策を用いています。「CMYK」は、染めるのではなく「髪の表面に色を固着させる」という少数熱烈ファン向けのユニークな商品ですので、資生堂の一連のロングセラー商品と違って、テレビスポットなどのマス広告には適しません。また、使い方の技術指導なども必要ですので店頭プロモーションが中心になります。そこで、ネット広告と携帯メールを連動させてキャンペーン告知とイベント来店促進を行い、特長ある商品の認知度を高めようとしたのです。


他社サイトと連携

資生堂は、「CMYK」の売り場認知と来店促進のために、2001年3月に伊勢丹でのキャンペーンに合わせ、リクルートのWebサイト「ISIZEキレイ」と携帯メールを連動させたダイレクト・コミュニケーションを試みました。「CMYK」販促の媒体としてリクルートが提供している美容&コスメ関連情報掲載サイト「ISIZEキレイ」が選択されたのは、資生堂が想定してきたCMYKの購買・来店層が「ISIZEキレイ」とケータイの利用者に近いと考えられたからです。また、資生堂のホームページにも当然「CMYK」の紹介は載せられていますが、これだけでは“資生堂に関心がない”という見込みユーザーの目に触れることができず、新規製品「CMYK」に期待される「新しい資生堂のファンの開拓」ができません。

具体的な仕組みとしては、「ISIZEキレイ」にアクセスして「CMYK」に興味を持った人に対して次のようなアプローチを行うものでした。
@ メールアドレスを登録してもらう
A メールアドレスを「CMYK」のデータベースに入れる
B ケータイメールでキャンペーンの内容を個別に送信する
なお、キャンペーン開始後の登録者に対して、当日のうちにメールを送るようすばやい対応を行っています。

ユーザーの特性別にメールを送信

「ISIZEキレイ」から登録してもらう際には、髪の色を変える理由を「セクシーになりたい」「ナチュラルになりたい」などの四つの選択肢から一つ選んでもらいました。そして、この回答をもとにタイプ分けをし、それぞれユーザーの特性別に文面を変えたメールを送信しています。「女性の中にはさまざまな“気分”が同居しているもの。非対面でのコミュニケーションにおいて、ケータイには非常に可能性を感じます」と資生堂関係者も語っているように、反応は非常に高く、「ISIZEキレイ」のページビューは18,000ページビューを記録し、クリック数も約2%で一般の平均的なクリック数(1%以下)を上回ったそうです。店頭の販売担当者にも趣旨を周知徹底し、このプロモーションに反応して来店した見込み客に対して店頭で弁えた対応をたこともあって、キャンペーン期間の売り上げもあがっています。伊勢丹の地下2階の売り場を初めて知ったという人も多かったので売り場知名度向上と来店促進にも役立ったわけです。「ISIZEキレイ」で告知するにあたっても、見込みが高い人にだけ反応してもらうよう、コピーや表現方法に工夫を凝らしています。不特定多数でなく商品を気に入った見込み客に確実に来店してもらう手法として、インターネット・携帯電話による販促が有効であることが立証されました。

4.インターネット・リサーチ

ネットワーク・リサーチの歴史

資生堂では、インターネット前夜の時代から、パソコン通信の電子会議室システムや電子掲示板(BBS : Bulletin Board System)を使って顧客ニーズの調査を行っています。更にNIFTY-Serveの、「OPENフォーラム」による商品使用後の感想の聴取や、アンケートシステムによるメール調査の経験を踏まえてインターネットの時代を迎えているのです。そしてこれが、前述の資生堂ホームページのサイバーアイランドでの会員の組織化と会員に対する調査協力依頼やダイレクトメール送信、あるいは、一般ユーザーに対しての電子メールによるアンケートなどの現在のリサーチ活動の礎石となっています。


感性の重視

電子会議室システムや電子掲示板の時代も、当初こそ定型質問による数値データ収集・分析を行っていましたが、逸早く全部フリーアンサー方式に切り替えて、消費者の生の声に含まれる「光る言葉」を求める方向をとっています。フリーアンサーの形で降りかかってくる言葉のシャワーを浴びる中で、数値解析だけでは理解することのできなかった生活者の生活場面が見えるように思え、「商品ってそうか、こういうふうにお客さんは使っているんだ」という実感がもてるようになったそうです。そして、100人のうち90人ぐらいが言っているような内容の言葉は敢えて度外視し、少数の人が発している今までにない「光る言葉」を探して、そこから商品開発のネタやヒント、アイデアを得ようとするのですから、さすがに感性の化粧品の世界にふさわしいアプローチだと思います。


インターネット・リサーチのメリット

インターネットには、通信スピードが遅かったパソコン通信にくらべると、早い、安いというメリットがあるほかにマルチメディア通信ができるという大きな利点があります。当然Webですから、リサーチのために画像も音声も使えます。ですから、テレビコマーシャルを見せて感想を聴取することもできますし、必要に応じてリサーチの対象のユーザーからデジカメで撮った写真をメールに添付して送ってもらって調査に役立てることもできます。感性を重視する化粧品のリサーチにインターネットの持つマルチメディア特性はうってつけですし、更にリサーチが即プロモーションになり次いで口コミ広告にまでつながる可能性まで秘めています。そういう調査をしていくと、その人の家の中が見えてきます。遠隔地に住む人々でもその生活の場面が見えてきます。特に、資生堂では、アジアで行った調査において、インターネットがグローバル・リサーチに発揮する大きなメリットを享受し、メールを使ったワン・トゥ・ワンのグローバル展開の道を開いています。


リサーチから価値創造へ

インターネットによるワン・トゥ・ワンのリサーチを繰り返すうちに、資生堂のリサーチ活動はリサーチの域を超え、ますます商品開発のコンセプト開発活動の性格を強くしてきました。調査をするのではなくて、ワン・トゥ・ワンのやり取りを通じて、資生堂は新しい価値を見出し、ユーザーも新しい自分のニーズや新しい価値を発見していく。両者ともに全然気がつかなかった新しい価値を対話の中に発見し、リサーチというよりプロモートしていくような新しい局面に入りつつあると資生堂では認識しています。インターネットの活用により、従来の「リサーチ−分析―開発」のビジネス・プロセスを変革できるようになったのに伴って、ビジネス・スピードの向上が企業の競争力の優位を保つ方策となったことを意識しているからこその認識であろうと思われます。

5.POSシステムによる経営改革

資生堂では、「資生堂チェインストア」約1万5千店にPOS端末を設置してPOSシステムを稼動させています。POS端末から入力された単品別売上数量データを、インターネット経由で集約して一元的に管理することにより、営業活動や生産計画の立案に活用するものです。これにより、質の高いワン・トゥ・ワンのマーケティング活動や売上データに基づいた生産計画の立案が可能となり、売上拡大、在庫の圧縮、販売機会ロスの低減と、資生堂ブランドの価値高揚とお客様へのサービス向上を同時に実現しています。

6.ナレッジマネジメントへ

テキストマイニングシステムのマーケティングリサーチへの応用

資生堂では、自由記述文章の論理的構造を認識し「要約」を導き出す文章解析ソフト(テキストマイニングシステム)『DIONISOS』を開発しマーケティングリサーチに応用しています。顧客に関する文書(テキスト)データから有用な情報を瞬時に精度よく発掘(マイニング)して商品・サービスの開発に役立てているのです。テキストマイニングは、従来困難であった自由記述文章データの解析トゥールですが、「何故そうなるのか」「そうなるとどう良いのか」といった文章データに込められた因果関係などの論理的構造も解析できる自由記述文章データ解析ソフトの開発は日本で初めてです。


一歩進化したナレッジマネジメント

資生堂では顧客の生の声を大切にしており1968年よりデータベース化しています。200万件に及ぶ蓄積データは、イントラネットを通じて社員が自由にアクセスし、商品やサービスの開発に役立てられてきましたが、人力による「光る言葉」探し方式や旧来の文章データ解析ツールでは活用に限界がありました。テキストマイニングシステム『DIONISOS』の開発・導入により、宝の山である顧客の生の声データが遥かに有効かつ効率的に活用でき、真に活きた情報の共有・共用による一歩進化したナレッジマネジメントを実現することができたのです。
「年間で42万件に達する顧客からの意見やクレームなどを一元管理する顧客情報システムを整備。商品に関するプラス評価、マイナス評価などが素早く検索できるので商品改良に貢献」という表彰理由で日経ITアワードの対象になっています。

「感性」へのこだわり

なお、資生堂では、テキストマイニングシステム『DIONISOS』とビジネスに役立つテキストマイニングの未来形である消費者ニーズ調査法『VACAS』を用いた「女性にとってのワインの感性価値」分析の事例報告を行っています。パソコン通信時代の「光る言葉」探しに端を発していた「感性」へのこだわりが、インターネットやテキストマイニングなどによる情報武装によって、感性豊かに顧客と市場のニーズに対応する経営手法を実現させたと考えてもよさそうです。


美容部員のIT武装 − BCをネットワークの輪に

資生堂は、化粧品店店頭でのカウンセリング販売に従事するビューティーコンサルタント(BC)に、資生堂独自のiモードコンテンツを搭載した携帯電話を提供して、「店頭第一線」と「支社」と「本社」の情報網を強化しています。ユーザーと直接接するBCは「店頭基点の経営改革」を進める上で重要な役割を担っているのですが、ほぼ毎日化粧品店店頭へ直行・直帰するため、従来はITネットワークを使用することができず、紙ベースの週報などの提出が店頭情報の収集手段となっていました。BCに携帯電話を提供し、社内外ネットワークの輪に加えることによって、BCからの日々の情報を商品開発や施策立案に活かすとともに、鮮度の高い販促情報をBCに提供することによって、化粧品店やユーザーに対するBCの提案力を向上させることができたのです。

7.オンライン・ショッピング

メール・ソフトを活用した独自の通販事業を展開

資生堂では、パソコン通信の時代から「資生堂バラエティショップ」をオープンして、マス媒体で伝えにくかったファッション・グッズ、健康関連グッズ、イベントのチケット商品などをオンライン販売してきましたが、現在では、EC(電子商取引)事業子会社であるフィスフィアがメール・ソフトを活用した会員制通販事業を展開しています。ユーザーのパソコン上に商品カタログを自動配信する独自の販売方式で、容量の大きな画像ファイルを圧縮・分割することによって効率的に送信するシステムによってサポートされています。これは、フィスフィアのオンライン・ショッピング・システムが「女性対象のB to Cサービスではインターネットの接続時間や混雑具合を気にせずに大量の情報を提供できる仕組みが不可欠」という仮説のもとに構築されていることと呼応しています。


独自のECシステム

事業内容は、「インターネット上のセレクト・ショップ」で、フィスフィアの専門バイヤーが流行中のバッグや靴など女性向けの衣料品や雑貨などを選び出し、毎月一定の点数に絞り込んで会員に紹介する仕組みです。この事業モデルを支えるのが独自のECシステムで、会員ユーザーのパソコン上に毎月1号ずつ商品カタログを配信し、オフラインでも商品の説明を閲覧できるようにした点が特徴になっています。


商品カタログをすべてユーザー側に送信

カタログの元となるデータはインターネット接続時の空き時間に10Kバイト前後のファイルに圧縮・分割して送られます。このため、画像をふんだんに使った大容量コンテンツでも、ダウンロードに時間をかけずに済むのです。独自システムを開発した理由は、「Webページ上でのオンライン・ショッピングのスタイルでは提供できる情報量に限界がある」という仮説によるものです。Webサイトで、エンド・ユーザーへの応答時間を短縮するために画像を小さくしたり説明を少なくしたりすると、ユーザーが商品を購入するための情報を限定してしまうことにもなってしまいます。そこで、商品カタログをすべてユーザー側に送信してしまうというアイデアがでてきたのです。合計すれば10Mバイト以上にもなる大容量のカタログ・データをローカル環境で表示させることで、見た目の美しさや情報量の多さと使いやすさを両立できることを狙っています。


メール機能とカタログ表示機能を一つのソフトに統合

受信したカタログを閲覧するには,入会時に会員に配布する専用のメール・クライアント・ソフト(メーラー)を使います。このソフトには通常のメール送受信機能に加え,フィスフィアから別途HTTPで受信したカタログ・データを整形して表示する機能が組み込まれています。ユーザーは、画面上に表示される「切り替えボタン」を操作することによってメール機能とカタログ表示機能を使い分けます。メール機能とカタログ表示機能を一つのソフトに統合したのは、メールと同様のインタフェースで商品注文フォームを作成可能にすることによって、商品の注文手順を分かりやすくできるという狙いからとされています。

8.成功要因

インターネットの多面性の理解

資生堂は、インターネットには多面性があり、「広報」、「宣伝」、「ダイレクト・コミュニケーション」をその柱として捉えています。現に最新版(2003/6/21時点)のホームページは以下のようなセッション編成となっていて「広報」、「宣伝」機能に対応させています。
・商品情報 ・美容情報 ・サービス情報 ・芸術文化 ・企業情報
また、トップページには「ネット会員」、「携帯サービス」のリンク・ポイントが設定してあり、「ダイレクト・コミュニケーション」機能へとつなげています。「コーポレート・コミュニケーション」及び「ブランド・コミュニケーション」、「パーソナル・コミュニケーション」のそれぞれのツールとして位置づけながら、それぞれを有機的に関連づける試みをホームページ設計の背後に見てとることができます。
http://www.shiseido.co.jp/index.htm

新鮮で独自性のあるホームページ・コンテンツ

商取引でレピート顧客の存在が重要であるのと同様に、ホームページにもレピート来訪者の存在が重要です。東京ディズニーランドの収益の大半がレピーターによって支えられているのは「あそこに行けば必ずいつも新鮮な楽しみがある」という期待感が裏切られることがないからだそうです。ホームページもまさに然りで、「資生堂のホームページはいつも新鮮だ」という印象がもたれなければ同じホームページ来訪者が何回も資生堂のホームページを参照することは期待できず、高レベルのアクセス頻度を保つことはできません。「美容情報」のセッションで、現在の“日焼けのしやすさ”と“生活紫外線量”をリアルタイムで知らせる「UV生中継」(*)はまさに常に新鮮な情報です。資生堂がホームページ作成の基本方針のひとつとして「遊び心をくすぐる」を取り入れ、特に「芸術文化」のセッションに新鮮なコンテンツを準備しているのも、レピート来訪者を確保するための方策の一つであると考えられます。


(*) 資生堂では、紫外線が皮膚に与える影響を研究するために、国内外に幅広くセンサーを設置して独自に紫外線量を測定し、商品の開発にも役立てていました。この紫外線研究の成果を、ホームページへの集客に利用しているのです。ここでも「自社の持つ情報資産を最大限に活用できる」というインターネットの世界のメリットを活かしきっているようです。

腰の据わった対応姿勢

また同時に資生堂は「資生堂サイトでカウンセリングを受ける人は必ずしも資生堂商品の購入者ではない」ということを意識しています。ですから、ホームページ上でメイクアップやファッションのテクニックを講義する場合にも、例えば、「私は脂性なのだが、食事はどんなものを摂取したらよいか?」といった「資生堂商品購入」を前提としない問診形式で簡単なカウンセリングが受けられる形を多用しているのです。「売らんかな」の姿勢は表面に出さず、資生堂ならではの独自性のあるコンテンツを提供し続ける過程でダイレクト・コミュニケーションの機会をつくることによって、他社商品ユーザーを資生堂とのワン・トゥ・ワンの世界に誘おうとする腰の据わった姿勢を見て取ることができます。


旺盛なBPR志向

資生堂のインターネット活用は、企業広報から、宣伝広告、販売促進、オンライン・ショッピング、更にはマーケティング・リサーチとその商品企画への活用までの企業活動の全面に及び、しかもそれぞれがインターネット活用の成功事例として報じられている点が特筆されます。インターネット時代の到来を予測し、他社に先駆けてインターネットの研究と使用に取り組んだだけあって、単にインターネットをコミュニケーション・ツールとして使うだけではなく、経営のそれぞれの局面にインターネットを使うことによってビジネス・プロセスを変革しようとする旺盛な意気込みが感じられ、そのBPR志向の組織風土が数々の成功事例を生んだといっても過言ではないように思われます。


感性/TT

一方で、「光る言葉」探しで象徴されるような生活者の感性に根ざす商品企画や販売促進が展開されており、しかも、これにインターネットやデータマイニングなどの先進的な情報技術(IT)が積極的に活用されていることが注目されます。一見すると、化粧品の感性の世界には無縁に見えるITですが、今や感性を基調とするワン・トゥ・ワンの関係を構築・維持・強化する上でITが不可欠のツールになっていることに心する必要があると思います。また、化粧品業界ならずとも、マーケティング活動の失敗ないし不振の原因が感性へのアプローチの不足に原因があったのではないか顧みなおす必要がありそうです。
いずれにしても、「株式会社 資生堂」について、「ヒトを彩るサイエンス・カンパニー」と「BPRの成果を基にお客様満足度の向上をもたらす」という表現を見かけましたが、この両者とも美辞麗句ではない事実であり資生堂の強みの根源になっていると考えても間違いではなさそうです。


資生堂では、右図の通りインターネット・ビジネスモデルの開拓イメージを描いています。ここでも、きちんと「経営革新」を視座に取り入れているところがさすがだと思います。「株式会社 資生堂」について、「ヒトを彩るサイエンス・カンパニー」と「BPRの成果を基にお客様満足度の向上をもたらす」という表現を見かけましたが、「サイエンス」と「BPR」の両者とも美辞麗句ではない事実であり資生堂の強みの根源になっていると考えても間違いではなさそうです。

(Ver.1 2003/ 3/28)
(Ver.2 2004/ 7/14)
(Ver.3 2006/ 7/16
)

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