インターネット・ビジネス論

第11課 ケース・スタディー  Part1

1−A デル・コンピュータ株式会社

1.デル・コンピュータ株式会社のプロフィール

パソコン世界市場第1位

デル・コンピュータ株式会社は1984年創業で、米国テキサス州を拠点にグローバルなビジネスを展開している企業です。2000年のパソコン販売実績で全米の第1位に躍り出、現在はパソコン世界市場第1位を占めるに至っています。ちなみに、2001 1-3月期の世界パソコン出荷台数シェアは13%で、ここで初めて首位に立ったわけです。同期の米国市場での出荷台数は前年同期比3%のマイナス成長だったのですが、デル・コンピュータ社は30%以上出荷実績を伸ばしています。増収がそのまま増益につながったのも同社だけで、文字通り一人勝ちの状況でした(この好業績には、パソコンより遅くスタートさせながら米国で首位になったサーバーの収益も貢献したものとみられています)。また、7−9期は米国市場で25%のシェアを獲得し、9月に合併を合意したヒューレット・パッカードとコンパック・コンピューターの合計シェアを4.5ポイント上回っています。なお、2002年の世界パソコン出荷台数実績も前年比20%増で15.2%のシェアを獲得し2年連続で首位の座についています(2003/2/8 日本経済新聞)。更に、米ガートナー社の調査によると、2004年の世界パソコン出荷シェアは、前年比1.5%増の16.4%に達し、前年比横這いに終わったヒューレット・パッカードとの差が拡大しています(2005/2/12 日本経済新聞)。

デル・コンピュータ日本法人

日本市場開拓を目指して設立された日本法人も、ノート・パソコンを中心に業績好調で、1993年の業務開始以来8年連続増収増益の急成長を続けました。日本は東芝、富士通、NEC等の国産企業の他にIBM、アップル等の外資系ビッグネームがひしめきあう市場ですし、日本独自の商習慣はデルの直販モデルにはそぐわないのではないかと言われていましたが、10年間でデスクトップ市場でも第3位になりました。他のパソコンメーカーが、この10年顧客不在のスペック競争をしていたなか、デル・コンピュータ社は終始一貫して顧客満足度を追及してきました。デル・コンピュータ日本法人は、世界各国に広がるデル・コンピュータ社グループの中でも、トップレベルの成績を収めているそうです。国内でのインターネット直販の草分けとなった「オンライン・ストア」は、国内最大級の規模のサイトに成長。専門紙の顧客満足度調査でも数度にわたり1位を獲得し、法人・個人問わず幅広い支持を得ています。更に、IDCジャパンの調査によると、国内パソコンシェア3位のデルは2004年に前年比1.5%シェアを拡大して11.5%となり、初めて10%を突破しています(2005/2/12 日本経済新聞)。

創業社長マイケル・デル

創業社長のマイケル・デルは、少年時代から当時のコンピュータ・ビジネスへの疑問を持っていたそうです。IBMのパソコンの販売価格は3,000ドルもするのにパーツを買ってきて組み立てれば600ドルでできてしまう。販売店の仕入価格が2,000ドルとすると、販売店は1,000ドルも儲けているくせに何の知識もないし顧客に対して大したサービスを提供してくれない。こんな情況に疑問を持っていたことが、後のビジネスチャンスの発見につながったと言われています。創業社長のマイケル・デルの“常識を疑ってみる”姿勢に成功の原点があったようです。

『デルモデル』の背景

デル・コンピュータ社(以下「デル」と表記します)の躍進の秘訣は『デルモデル』といわれるビジネスモデルにあり、『デルモデル』は最新の経営手法であるSCM(サプライチェーン・マネジメント:Supply Chain Management)およびCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント:Customer Relationship Management)の教科書と言われるほど高く評価されています。メーカー直販方式ですので「デル・ダイレクト・モデル」とも呼ばれる独自のビジネスモデルで、「CRMとSCMの見事な合体」とも評され、SCM、CRMで成功した企業として頻繁に引き合いに出されています。
しかし、デル自体はSCM、CRMという言葉ができるより遥かに前から対顧客関係とサプライチェーンの「あるべき姿」を追求してきています。創業時代からの「極限までぜい肉を削ぎ落とし、製品やサービスに還元することで、顧客満足度を徹底的に追求する」方針を貫いてきたからこそ、結果的にSCM+CRM構築の模範事例ともいうべき内容が整ったのであり、今もなおビジネスモデルの進化を続けているのです。

『デルモデル』

米デルが編み出した低コストの生産・在庫管理、販売方式。具体的には、情報技術(IT)を使って将来の需要を予測。それに基づいて必要な部材を手配する。インターネットや電話で顧客から注文を受けてから生産。中間流通業者を省き、直接顧客に販売するため、在庫量や販売コストを大幅に削減できる。

デルの工場では1-2時間単位で在庫量を管理する。トヨタ自動車の「カンバン方式」が一定の在庫を認めているのに対し、デル・モデルは製品在庫自体を否定。製造業の新たな管理手法として取り入れる企業が増えている。

2003/9/26日本経済新聞)

2.One to Oneマーケティングの実践 

飛躍の原動力「ダイレクト・モデル」

デルは消費者(C)向けの直販の方が有名でしたので B to Cビジネスに分類される場合もありますが、初期のデルは実際は90%が企業(B)や官公庁(G)向けのB to B(G)ビジネスになっていました。現在は販売店経由の販売は一切やめて、ダイレクト・セールス(直販)とこれをダイレクトに受けた受注生産とダイレクト・デリバリー(直送)に徹しています。直販の販売方式自体は珍しいものではありませんが、デルの場合、商流の面ではダイレクトにつながっていない企業B(官公庁G)内のデル製品ユーザー(C)とのダイレクトな情流によって「One to Oneマーケティング」を実現させているところに特徴があります。これがあるからこそ、顧客ニーズに合わせたカスタムメイドによる高性能・高品質な製品を提供でき、顧客データベースを基盤としたきめ細かいサポートの展開が可能になっているのです。ですから、ダイレクト尽くめの中でも「ダイレクト情流」がデルの飛躍の原動力になっていると考えても間違いはなさそうです。

直販(直接販売)

典型的な販売流通の過程においては、生産者から消費者に商品がわたるまでに卸業や小売業など幾重もの仲介流通業者が存在しています。しかし、デルは店舗などの商業施設は一切持たず、コンピューター上で宣伝を行い、受注を受けて生産した自社のコンピューターを消費者に直接販売し、販売した製品についてのサポートもすべて自社で対応する方法を採っています。典型的な「中抜き」形態ですから、典型的な販売流通過程においては仲介流通業者が果たしている商流・物流・金流・情流機能に見合う流通コストは不要です。店舗運営管理や流通在庫保有にかかる経費も当然不要ですから、デル製品は低価格で顧客に提供することができます。しかし、直接販売方式には、販売可能な範囲が自社の営業要員のコンタクトが及ぶ範囲に限定されるというディメリットがあります。こうした直接販売の制約からデルを解放したのがインターネットだったのです。

インターネット販売で先駆的な役割


電子商取引を自社の経営に採り入れることにかけては、デルはコンピューター業界の草分け的存在と言えます。インターネットの普及を見込んで、1994年に自社サイト「デル・ドット・コム」を開設し、1996年には同サイトを拠点としてインターネットを使ったパソコンの受注販売を始めています。WWWを新たな販売経路として導入し、インターネット上でも製品を希望の仕様で注文できるようにしたわけですが、直接販売の強みを生かして競合他社の製品と比較して約10〜15%低い価格で販売することに成功していたデルの企業活動全般がインターネット販売によってさらに効率化されたことになります。当初のインターネット経由のパソコン売上高は一日当たり100万ドル。その後は猛烈な勢いで拡大し、2000年7月末には5,000万ドルに達して、年間売上高の半分近くをインターネットで稼ぐに至っています。インターネット経由で注文した個人消費者のうち約30%はデルの広告を見たことがないとしていますから、インターネットはデルコンピュータ社のローコストな広告塔としても機能していることがわかります。顧客対応に要するコストは電話のオペレーションですとパソコン1台販売するのに40ドルかかるのですが、ネット経由ですと僅か1ドルで済むそうですから、インターネットを活用することによって企業間業務プロセスを革新し、大幅な収益の向上と経営コストの大幅削減を同時に達成した典型的な事例であると言えます。


情報を顧客と即時共有

2000年初め、米デル・コンピュータ本社で「eビジネスグループ」と呼ぶ新組織が旗揚げしました。新組織のミッションは、デルと主要ユーザー企業(官公庁)との間にインターネットを利用した企業間電子商取引(B to B)システムを構築し、データ交換や製品の受発注作業、さらには決済まですべてをネット上で処理できるようにすることでした。それまでデルの顧客企業(官公庁)はパソコンを購入するたびに、購買や経理担当者が大量の発注作業や経理処理に追われており、事務処理作業に1日から2日かかることもありました。デルとのB to Bシステムを導入することによって、各顧客(官公庁)企業の基幹系業務システムとデルの受注システムがインターネットで直結しましたから、顧客企業(官公庁)の購買担当者が社(庁)内システム用に入力したデータはそのままデル本社に届くようになりました。この結果、デルが顧客企業(官公庁)の社(庁)内の一部門であるかのように、容易かつスピーディーに製品を調達できるようになったのです。情報を顧客と即時に共有できるインターネットB to Bシステムを構築することにより全く人手を介さないフリクションレス(摩擦のない)な受発注が可能になり、デル、顧客の双方とも大幅な業務の効率化と経営コスト削減が実現できるようになったのです。


「プレミア・デル・ドット・コム」による顧客囲い込み

1997年にはデル会長の指示で企業や官公庁向けの専用サービス「プレミア・デル・ドット・コム」を始めました。ある企業(官公庁)がデルから大量のパソコンを購入したいと考えてデルに電子メールでその旨を連絡すると、デルの担当者が無償でその企業(官公庁)の専用ホームページを開設するという仕組みです。契約企業(官公庁)の社員(公務員)は、社(庁)内のイントラネットなどを通じて好みの製品を自由に選んだり、技術サポートなどの情報にも簡単にアクセスしたりすることができます。デル側からは「近くこんな仕様の製品を発売します」などという最新の製品情報もネットで定期的に流すこともできますから、インターネットを顧客囲い込みの有効な道具として活用できるわけです。「プレミア・デル」を利用するユーザー企業・官公庁数は2000年秋時点ですでに5万件を超えました。その一年前が約3万件ですから大幅増です。この「プレミア・デル」のユーザー企業からB to Bのパートナーが誕生するのですから、「プレミア・デル」がB to Bの“予備軍”となっていると言えます。


顧客情報の共有

CRMの面では、生産が完了した製品一つ一つに顧客情報を記載したシールを貼り、サポートセンター、セールス部門、マーケティング部門の間で顧客情報の共有ができるようになっています。ですから、顧客がサポートセンターに連絡すると、サポートセンターは、その顧客が、いつ、どのような仕様の商品を購入されたのか把握した上で対応することができます。セールス部門やマーケティング部門は、サポート履歴も加えた顧客情報を共有し、新商品の情報やリプレースの提案を行って顧客満足度の向上を実現しています。他のパソコンメーカーでは、ディーラーや小売店が顧客情報を持っているだけです。直販の『デルモデル』ならではのCRMの実現といえます。ダイレクト販売の方式を活かし、販売しながら顧客ニーズを掴み、マーケティングに活かして顧客満足度を高めることによって収益の向上を実現しているのです。

3.BTO、SCMの実践

リードタイムを大幅短縮

デルは、「造りたいものを造って売るBTS(Build to Stock)」のではなく、「顧客が望むものを造るBTO(Build to Order)」すなわち完全注文生産を目指しました。そのために従来と全く異なる部品調達・組み立て・配送の仕組みを考えたのです。デルは全く新しい巨大な組立工場をテキサス州オースティン郊外に建設し、部品供給業者には周辺にリボルバーウエアハウスを配置してもらいました。

工場の西側にはトラック搬入路35ゲートを設け、ここからディスプレイ、基板、モデム等が運び込まれます。搬入された部品は自動搬送機で作業台に運ばれ、従業員が手際よく製品を組み立てます。東側にも搬出口が35ゲートあって、ここから顧客の注文に応じて組み立てられたパソコンが1日25,000台以上トラックで送り出されているのです。部品の搬入から出荷までたったの6時間しかかかりません(いずれも2003/2現在)。その結果、顧客から受注後5〜8日で製造配達が完了できるようになったのです。ダイレクト・デリバリー(直送)のメリットは、流通段階に滞留する時間を要さずリードタイムを短縮できるところにあるばかりではなく、出荷製品の追跡調査を容易化できるところにも現れています。出荷した製品が現在どこにあり、いつごろ顧客に届くのかもインターネット経由ですべて把握できるようになっています。


部品会社との連携強化

先進的なSCMの導入で知られるデルですが、SCMにネットを導入したのは意外に遅く、インターネットを切り札とした生産・物流・販売を包括したSCMの抜本的再構築に取りかかったのは1999年6月になってからのことでした。デル会長の「デルのインターネット活用はセル(販売サイド)では進んでいてもバイ(購買)サイドではほとんど浸透していない」という指摘に基づいてeSCM実現への道が始まったのです。当時デルが国内で取引していた部品会社は約200社、年間の部品購入額は200億ドルを超していました。

部品会社は物流会社がデルの各工場近くに設置した倉庫に納入し、デルの製造担当者は倉庫にある部品をチェックしながら補充を指示するのですが、1999年までは工場と部品会社の間の連絡はファクスや電子メールによって行われていました。リアルタイムで部品情報をやりとりするといった密接な連携までは踏み込めていなかったのです。そこで先ず着手したのが部品会社との連携強化で、インターネットを活用して工場と部品会社の間を結び、生産計画などの経営情報をリアルタイムで共有しようとするものでした。

既存のSCMソフトを導入することによって、需要予測や生産計画立案などをインターネットのブラウザー(閲覧ソフト)画面上で共有できるようになりました。ウェブ上ですべての受発注や生産計画などを交換するようにしたほか、発注通り部品を供給しない企業にはウェブで警告する仕組みも取り入れられました。企業内だけでなく部品メーカーとの企業間業務プロセスが大幅に効率化しただけでなく、情報共有の不徹底によって起こりえる損失を未然に防ぐ仕組みを作り上げたのです


部品在庫を大幅削減

デルは部品の配送や一時保管をフェデラル・エクスプレスなどに委託しており、デルではこうした企業を「リボルバー」と呼んでいます。”revolve”は「循環させる」という意味ですから、こんな呼び方の裏にも、デルの、部品在庫の滞積を嫌い循環を促進させたいという願いが現われているように思えます。デルのテキサス州オースティンとナッシュビルの工場からそれぞれ数十分の至近距離に、リボルバー各社は巨大倉庫(物流センター)を運営し部品会社から届いた部品を工場に納入する前にいったん倉庫に保管する役割を果たしています。

デルはリボルバー各社に「90分ルール」を課しました。「ネットで部品発注を依頼してから、きっちり90分後には部品を載せたトラックを工場に横付けせよ」という指令です。それまではリボルバーに連絡を入れても、担当者が気づいて動き出すまでに「遊び」の時間が生じていたため、リボルバーに発注してから実際に工場に届くまで4時間から6時間かかっていました。ですから、せっかく製品の注文を受けたのに部品がタイムリーに届かないことが頻繁に起こっていたのです。

導入したSCMソフトの効果はてきめんで、必要な部品が工場にあるのか、リボルバーにあるのかウェブでリアルタイムに確認できるようになりました。これによって工場内の部品倉庫が事実上消滅し、その空きスペースを組み立てラインの拡張ができるという副次効果まで生じました。


SCMソフト導入前の‘98年の実績を見ても、デルでは1年間に在庫を61回転させています。これは生鮮食品スーパーと肩を並べる水準と言われています。一般的なパソコンメーカーの場合、在庫は年間十数回しか回転しませんが、デルは4倍もの「高速回転」を実現していたのです。SCMソフト導入により、この格差が更に大きく拡大したわけです。

更なる部品会社との連携強化

部品会社との連携が強化され、2000/1月期、デルのネット上での部品調達額は.一気に全体の6割、130億ドルまで跳ね上がりましたが、同時に部品在庫は大幅に減少しデルの平均在庫日数は業界最短の4日になりました。競合するヒューレット・パッカードの在庫日数が約30日と言われていますから大きな違いですが、更に、これを2003年中に3日に削減すべく新システムLIFTの稼動に入っています。従来の情報システムでは、デルが情報を把握できるのは物流センターに部品が搬入された時点からで、部品会社から物流センターに届くまでの情報の捕捉が難しかったのですが、新システムによればデルの調達担当者は工場にいながらにして部品の現在地と搬入見込み時刻が分かる上に、空港便の大幅遅延などの緊急連絡もネット経由で受けることができますので、部品調達の流れをこれまで以上にきめ細かく管理できるわけです(2003/2/8 日本経済新聞)。更に、部品会社に対してネット上で「次はどんな製品を開発するのか」といった重要情報まで開示することによって、ネット上での製品の共同開発まで踏み込もうとする「ネット上で部品会社と製品開発でどこまで踏み込んで協働できるか」という新しい目標へのチャレンジも進展し、これもリードタイム短縮に大いに寄与しているものと考えられます。


進化したSCM

SCMは部品のサプライヤー(供給者)、アッセンブリー・メーカー、卸、小売店などが情報を共有して、効率とキャッシュフローの向上を実現するものですが、『デルモデル』ではこれをエンドユーザー(顧客)まで拡げることでSCMの最も進化した形を実現しています。


SCMのTTソリューション

これまでに考察してきた通り、デルコンピュータの驚異的な強さの秘密は、インターネットを駆使して顧客や部品メーカーを結ぶことによって、リードタイム短縮や在庫削減による経営コストの大幅削減を実現すると同時に顧客満足度の大幅向上アツプに成功しているところにあるということが分かります。企業内BPRにとどまらず、企業・顧客間、企業間、更には国際的なBPRを実現したからこそ可能になったわけですが、同時に特に下図のようなSCMに関するTTソリューションなくしてはこのようなBPRもなしえなかったのです。「経営革新とTT革新は両輪の輪」の典型をここに見ることができます。

SCMの具体的な運用

受注〜生産業務プロセス
顧客となる企業向けに、一社ごとに「プレミアページ」と呼ぶ専用ホームページを設置し、注文の受け付けはもちろん、納期もそこから知らせることができます。これにより、顧客満足度の向上はもちろん、受注処理の時間の短縮ができるほか、マーケティング情報も入手できるという大きなメリットを手にしているのです。受注処理が行われると、ダイレクトに生産拠点に指示が出ます。製造ラインも簡素化されており、組み立てまで約5時間という短さが特長になっています。
配送業務プロセス
その後は物流のパートナー企業であるフェデラル・エクスプレス社(フェデックス)経由で顧客に配送されるまで約5日しかかからないという画期的な行程短縮を実現しました。フェデックスは通関の事務処理を含めて配送を一括担当するなど、3PL(サード・パーティ・ロジスティクス)(*)を実現しているため、納期や配送情報をデルに送信することができ、顧客は、ホームページ上で納期や配送状況を確認することができます。
(*) 荷主企業が運輸会社に対して、運搬だけでなく在庫管理や仕分け、更には、荷主の配送計画の立案まで委託する方式で、SCMにおける物流部門のアウトソーシングとして位置づけられる。密接な情報交換を可能にするため、両者を結ぶエクストラネットのようなネットワークを準備しておく必要がある。
部品調達プロセス
部品メーカーにも、同様の専用ホームページを設け、生産計画や需要予測といった情報を開示しています。さらに、部品メーカー側からも、納期などの情報を送信してもらうことで、双方の情報が共有できることもメリット。デルは生産計画を毎週見直しているため、過剰在庫を抑えつつ、欠品が生じないように、部品の発注量を調整することができます。また、同杜は、部品メーカーに発注すると即日、納入させる体制をとることで、余計な在庫を極力持たないようにしています。新システムの稼働にあわせ、デルは今まで取り引きしていた100社以上の主要な部品メーカーを十数社へと、大幅に減らすことに成功。デルの要求に対応できる優秀な部品メーカーだけを厳選しています。

ベストQCDを実現する『デルモデル』

『デルモデル』では、顧客からダイレクトに注文を受けた後に生産を開始するBTO(Built To Order:受注生産)方式を採用していますから、顧客からの受注情報は直接生産工場に送られると同時に提携している輸送業者にも配送に関する情報が送られますので、輸送業者は航空機やトラックを事前に配備することができます。このため、顧客は自分のニーズに合ったカスタムメイドの製品を低価格かつ短納期(D)で購入できるのです。

また、『デルモデル』では受注後に生産するため、生産後に販売している他のパソコンメーカーよりも、遅いタイミングで部品メーカーに発注することができますので、日進月歩の電子部品業界の中でも最新のテクノロジーを製品に盛り込むことができますし、他のパソコンメーカーが最新の部品を発売時に購入・在庫するのに対して、『デルモデル』では価格の低下したタイミングで必要なだけ購入することができますので在庫量を抑えることができます。

このようにして『デルモデル』では、カスタムメイドで最新技術を盛り込んだ高性能・高付加価値(Q)の製品を、低価格(C)で提供できるのです。

4.社内における情報共有・共用

営業形態

デルコンピュータの営業は、大きく法人営業と個人営業に分かれています。さらに、デル・ジャパンの場合には、法人営業に、対外資系、対日系大企業、対日系中堅企業、対日系中小企業の四つのセクションがあります。営業形態には、外勤営業と内勤営業の二つがあります。フェイス・ツー・フェイスで商談をすると、1日にせいぜい4〜5件程度ですが、内勤営業が電話やメールで商談を進めると10倍以上の営業効率を上げています。

雑誌、DMなどによる新商品紹介やキャンペーンの告知などを見て、問い合わせをしてきた潜在顧客に対して、商品やサービスの内容を説明しながら、ニーズを把握し、サーバー、パソコン、サービスなどを含めたソリューションを提案して受注を獲得していくのも、これまで蓄積した顧客情報からリプレースなどの営業活動も行うのも内勤営業の仕事になります。通常は、内勤営業というと外勤営業のサポート業務というイメージになりますが、デルの内勤営業はこれと違います。パソコンの設置や、それに伴う工事が必要な場合などに内勤営業の依頼に応じる形で外勤営業がお客様を訪問し、フェイス・ツー・フェイスで商談を進めます。

デルの内勤営業に携わるには、ごく短時間で当社の商品やサービスを正確にキチンと説明できるコミュニケーション能力が前提で、更に顧客のニーズに応じて商品とサービスを組み合わせたソリューションを提案できる提案力が必要なのですが、ITに関する知識・スキルについては社内に研修体制が準備されていて習得できる仕組みになっています。

イントラネットによる情報の共有と共用

デルは1996年、ホワイトカラーの生産性の向上と意思決定の迅速化のため、全社にイントラネットを導入しました。スピード経営を常に意識し、ネットの機能強化や利用に関する権限委譲も進めてきました。顧客直結で情報を集める「ダイレクト・モデル」の発想が社内ネットにも生かされているわけです。ネットの活用により日常業務も効率化し、特に、イントラネットに新機能を導入した後の2000/2月から9月にかけて、データ入力にかかわる要員を約5割削減させています。それだけ、社内業務の処理にために投じていたヒト資源を顧客満足度向上に仕向けられるようになったわけです。


ホーム・オフィスでの情報の共有・共用

2003年春に新型肺炎SARS禍でヒトの往来が滞り、新製品開発やモノの供給の遅滞によって影響を受けた企業がありましたが、デルは下掲の記事が報ずるように、この危機を回避しています。「インターネットを駆使したサプライチェーン・マネジメント(SCM)」もさることながら、HO(Home Office)からでもイントラネットにアクセスでき、情報を共有・共用できる体制が整備されているからこそできたことだと考えられます。
モノの供給途絶えず

世界最大のパソコンメーカー、デルコンピュータも影響を回避した企業の一つ。同社のマイケル・デル会長は、インターネットを駆使したサプライチェーン・マネジメント(SCM)がSARS禍の中でも「威力を発揮した」と語る。部品調達やデザイン開発を担当する同社の台湾事務所は、5月中旬の一週間閉鎖を余儀なくされた。SARSの疑いのある従業員が一人見つかったためだ。だが従業員は自宅のパソコンで「(部品の受発注などの)通常業務を、事務所にいる時と同じようにできた」(デル幹部)という。
(2003/7/2 日本経済新聞)
決裁に社内ネットを駆使

デルの管理者は、毎朝オフィスに到着すると、まず机上のパソコンを立ち上げて自社のイントラネットに接続して、先ず「HRアクシヨンズ」のページを開きます。デルの電子・稟議・決裁システムで、決裁者のパソコン画面に「承認」「却下」などのボタンがあり、そこを押せば自動的に次の決裁者に伝達する仕組みです。社内のデータベースにも直結していますから、イントラネットを駆使することによって社内の様々な情報を即座に呼び出し、より正確でタイムリーな意思決定ができるようになったわけです。

管理職が部下の昇進を承認する場合も、1999年までは管理職が人事部から書式を電子メールで取り寄せ、記入して提出する必要があったのですが、2000年初めから、こうした事務作業も「HRアクションズ」の画面上ですべて処理できるようになりました。電子稟議・決裁もわずか二日。全過程で10日から2週間かかった1999年までに比べると、事業展開もその分、格段にスピードアップしたわけです。

この他に「HRダイレクト」があり、ここでは社内から届いた電子メールを一覧できるほか、住所変更や休暇、結婚、子供の出生、生命保険の個人プラン変更など、多種雑多な届け出がネット上で簡単なクリック一つで処理できる仕組みになっています。ですから、関連部署に電話をかけて必要な書類を取り寄せるなどの手間は一切かかりません。社内連絡も簡単。他部署の社員と連絡を取りたい場合、フルネームをパソコンに入力すれば直通の電話番号や電子メールのアドレスが画面に表示されますから、部厚い社内電話番号帳を繰る必要もないわけです。


従業員評価の情報をやりとり

従業員の業務評価もイントラネットで済ませられる仕組みになっています。デルではある社員の一年間の業績を評価するのは、直接の上司だけではなく、一緒に働いている仲間数人も評価をします。こうした複雑な情報のやりとりでも各社員はパソコンに直接入力すればよく、紙に印刷するのは、管理職が部下と直接面接する時だけということになります。

5.新事業展開

ビジネスの多角化

パソコン市場で得た地歩を足掛かりにデルは、インターネット構築に不可欠なサーバーや記憶装置に経営の軸足を移してきています。米国ではパソコン市場の成熟化傾向が一段と鮮明になる一方で、「ネットの普及につれ、サーバーや記憶装置が持つ役割が一層重要になっている」とのマイケル・デル会長兼最高経営責任者の判断があったからです。ここでもデルの戦略目標は明快で、『デルモデル』の適用によるエンタープライズ製品のシェア拡大です。顧客企業との間でB to Bシステムを構築し、顧客側の社内情報システムに関するきめ細かな二―ズを吸い上げる仕組みをつくる。そこでイントラネットやサプライチェーン・マネジメント(SCM)の構築といったネット関連絡みの提案を顧客に仕掛け、自社製のサーバーやストレージ(外部記憶装置)を積極的に売り込もうとする算段です。更に、コンサルティング業務に乗り出してきており、その担当部門のDTC(デル・テクノロジー・コンサルティング)が野村総研とストレージを使った情報システム事業で提携することが報道されました(2003/4/22 日本経済新聞)。


日本国内PCサーバー事業拡大

日本国内の2002年度PCサーバーの出荷台数シェアを見ても、デル社は前年度比3.8%上昇して18.0%に達し、富士通(16.9%)、日本HP(14.2%)、日本IBM(12.9%)を上回って、NEC(23.1%)に次ぐ第2位の地位を占めるに至っています。以下の新聞報道から、デル社の躍進の要因と今後の展開方向を読み取ることができると思います。

デル、中小開拓へ攻勢 顧客対応強化低価格戦略を加速

コンピューター大手の米デルが、主に中小企業ユーザーを想定した低価格戦略を加速している。業界最安値5万円台(OS別)の格安サーバーを発売する一方、富士通など国内勢に比べ弱いとされるサービス面も強化する。情報技術(IT)投資が、一巡した大手に比べ中小は市場開拓の余地が大きいとの判断が背景にある。外資の本格参入で製品、サービスの価格低下に弾みがつきそうだ。情報システムが扱うデータの受け皿となるストレージ(外部記憶装置)も最大で33%の値下げに踏み切るなど、ハードウェア全般で価格攻勢をかける。
サービス面では中小企業専用の問い合わせ窓口を開設した。年額1万5千円を払えば、システムの不具合など技術的な質問に24時間体制で応じる体制を整えた。
PCサーバーの出荷台数シェア1位を目指すデル日本法人が、とりわけ重視するのが従業員が数人から100人前後の中小・零細企業で、顧客を効率的に増やして販売台数を上積みする戦略だ。
外資系IT企業は国内勢に比べ、日本国内の営業、販売体制が弱い。デルはインターネットを通じた販売手法を最大限に活用。サーバーとストレージなど必要な機器、ソフトを組み合わせた標準的なシステム一式の見積り価格をネットで提示。価格透明性を高めることで、中小企業が同社製品を選びやすいようにした。

(2003/12/12 日本経済新聞)
自社ブランド・プリンター日本で発売

コンピューター大手、米デルのマイケル・デル会長兼最高経営責任者(CEO)は24日、都内で日本経済新聞のインタビューに応じ、近く日本で自社ブランドのプリンターを投入する考えを表明した。企業向け機種を中心に販売し、インターネットを使った受注販売方式で売り込む。デル日本法人は既にキヤノンやエプソン製品を取り扱っているが、自社ブランド品を追加し日本市場の開拓を本格化させる。米国では参入から約1年で2ケタのシェアを獲得しており、キヤノンなど国内勢の脅威になりそうだ。

プリンター用のインク残量が少なくなると接続するパソコン上に警告を表示し、直ちにネット経由で新品を取り寄せられるなど独自の保守サービス機能を盛り込む。
米デルは2003年初に米国市場でプリンター事業に参入。その後欧州や豪州に拡大した。米国でのシェアは今年2-4月期にインクジェット方式の単機能機種で10%超、ファクスやコピー機の機能を備えた複合型で約17%を獲得した。デル会長はプリンター事業を日本でも拡大する理由について「パソコン販売との相乗効果が期待できる」と説明。「デルモデル」と呼ばれる効率なビジネスモデルを駆使して世界市場でトップシェアを確保する構えだ。

(2004/5/25 日本経済新聞)
総合IT企業目指す新経営計画

企業向け機器による日本国内ビジネスの拡大の柱にすえてきたサーバーは、2003年のシェア第2位から、一時は2004年1-3月に国内出荷台数で首位の座をNECから奪ったものの、2004年通年では逆に第3位に転落しています。MM総研の汎用サーバー国内出荷台数シェアでは第2位を堅持しており、同じく躍進した日本IBM、日本HPとともに米国勢3社の合計シェアが初めて50%を超えたのですが、シェアの伸長の点でデルは日本HPの後塵を拝する結果となっています。企業情報システムの中核であるサーバーについて、多数のサーバーを大型の小数サーバーに統合して情報システムを単純化しようとするユーザー企業(特に大企業)の動きにデルが対応できなくなっているのがこの一因であるとされています。

大型で高性能なサーバーの開発・製造には独自のノウハウや技術が必要なのですが、普及した技術を随時組み合わせる受注製造販売方式によって成長してきたデルは、開発力の点で米IBMやNEC、米ヒューレット・パッカードなどのライバルに比べると見劣りがするからです。また、構造が複雑なサーバーを組み込んだシステムの提案をするためには、相応の顧客への説明(対面情流)が必要ですが、インターネット経由の情流に依存してきたデルには充分な営業要員がいません。いずれも「デル・モデル」の限界を示すものと思われます。
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デルでは2005/4/7に、“非パソコン化”路線を強化することによって“総合IT企業化”を目指すべく新経営計画を発表しています。サーバー、外部記憶装置、薄型テレビ、サービスなどの非パソコン事業部門の売上高構成比を増し、パソコンの売上高比率を7割弱から約5割に低下させる計画ですが、それぞれの事業部門でも「デル・モデル」が適合する商品のみが顧客に受け容れられデルの収益の柱になっていくものと考えられます(2005/2/25,3/29 & 4/9 日本経済新聞)。


海外生産拠点の構築

競合他社は生産の外部委託によりコスト削減して対抗しようとしていますが、デルは自社生産に固執しています。情報技術(IT)を駆使した効率的な生産システムを他社に先駆けて構築している上に、徹底的に在庫削減を進めつつも顧客からの注文が急増してもすぐに対応できる柔軟な部品調達の仕組みを確立しているという自信に基づくものです。但し、デルでも人件費の低い中国やマレーシアに生産拠点を構えており、二つの米国工場をアジアエ場と「社内競争」させる形をとっています。

本社では各工場の製品ごとの詳細な生産・物流費用を常時比較しており、米国内生産には拘らず製品ごとの最適な生産拠点を柔軟に選定しています。例えば、米国で販売するノート型パソコンをマレーシアで組み立てているほか、携帯情報端末(PDA)や2003年に投入したプリンターなど多角化商品は外部に生産を委託しています。それでも米工場はデスクトップ型パソコンやサーバーなど中核製品の生産は続けており高いコスト競争力を誇っています。デルの幹部は、イーストマン・コダツクやウォルマート・ストアーズ、トヨタ自動車の米工揚などの製造・流通拠点を頻繁に視察し、生産性や品質の向上に向けてどん欲に学んで、アジア工場との競争に挑んでいます。

サーバー、外部記憶装置、ノートパソコンについては米国と中国アモイで2005年末から来年の稼動を目指して工場を新増設する予定で、更に、欧州大陸でも新工場を建設することが検討されています(2005/4/9日本経済新聞)。


グローバルなロジスティクス・システムの運用

海外生産拠点の展開は、インターネットを駆使したサプライチェーン・マネジメント(SCM)による情流に支えられているとともに、ITを駆使したグローバルなロジスティクス・システムによる物流によって国内外の拠点間の連携が強化されています。従来の国際的なビジネスプロセスを変革することによって、顧客満足度の大幅な向上と経営コストの大幅削減を同時に実現した国際的BPRの成功事例でもあるということが以下のSARS渦中の新聞報道からも読み取ることができます。
モノの供給途絶えず
デルは台湾だけでなく中国やアジアの部品各社と米国の本社工場をネットで直結。生産・調達担当者は米テキサスの本社に居ながら、広東省で生産中の部品動向を瞬時に把握できる。仮に調達先の生産が滞ったり、物流網の混乱で配達が遅れた場合、影響を受ける部品の仕様や数量などがネット経由で米本社に伝わるため、担当者は即座に社に代替品を発注できる。
(2003/7/2 日本経済新聞)

6.成功要因

インターネットより先に「ダイレクト」の思想ありき

デルの創業は1984年ですからアメリカでもインターネットが商用化される以前の話です。デルの成功は「インターネット直販」によるところが大きいのですが、インターネット以前から「ダイレクト」で急成長をしていた点に注目する必要があります。「ダイレクト」は一般に「メーカー直販」と同義にとられてしまいますが、デルの場合はこれだけにとどまらずビジネスモデル全体に当てはまる表現になっています。インターネット出現前から、「ダイレクト」なビジネスモデルで業界を革新していた会社が、インターネットという「ダイレクト」なツールを得て、さらに大飛躍したと捉えるべきでしょう。インターネット以前から「ダイレクト」なビジネスをしていたという下地があったからこそデルは成功したのであって、もともと「ダイレクト」志向のないメーカーが形だけ真似て「メーカー直販」を試みても成功できていない理由がここにあります。デルの日本法人社長は「ある一面だけ導入して、デルと同じことをしようとしても無理です。だから、いくら真似されても怖くない。真似したい人はどんどん真似してくださいという感じです」と豪語されています


正確なコアコンピタンスの認識

コアコンピタンスとは、「競争優位を確保する為の、他社に真似できない核となる企業力(能力)のことですが、デル社は自社のコアコンピタンスは、最適QCDを実現するための製造力、販売力とロジスティクスにあると捉え、“最高性能”の製品を開発するための独自技術の研究開発力は逆に「無駄遣い」の要素であり、ITシステムの“対費用効果”を追及する顧客のニーズに合致しないものであるという見方をしています。現に、他社開発技術を徹底的に利用することによって、サン・マイクロ、アップルコンピュータやIBMなどの米国同業IT企業に比べて格段に低い研究開発比率を保っており、これがデル社製品の価格(C)競争力の大きな根源の一つになっています。品質(Q)についても“最高性能”よりも“対費用効果”の極大化を実現できるだけの「業界標準技術」をベースとした設計・開発力の方をコアコンピタンスとして見なしているということが下掲の新聞報道から読み取れるように思えます。

独自開発は「無駄遣い」 

合理主義のデル会長が今、挑み始めたのは「顧客は常に最高性能の機器を求めている」というIT業界の神話。各社は多額の資金をつぎ込んで技術を競い、価格に転嫁してきたが、顧客企業は対費用効果を厳しく見つめ始めている。「独自技術の開発に大金を投じるのは無駄遣い」とデル会長はにべもない。
数年内の売上高倍増を目指し、ブリンターや携帯情報端末(PDA)などにも進出する。そこでもキーワードは「業界標準技術」だ。広く普及した他社技術の利用で売上高に占める研究開発費の比率を抑制。多額の研究開発費を投じる他メーカーは価格競争で対抗できない。
スライド60  独自開発は「無駄遣い」 Part2
「デルの商売はウィンテル製品の雑貨店だ」。サンのスコット・マクネリー会長は独自開発に背を向けるデルの戦略を酷評。アップルのスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)も製品説明会のたびにデル製品を引っ張りだし、容赦ない批判を浴びせる。だが"口撃"はできても「対抗するにはコスト削減を徹底するしか道はない」(米調査会社IDCのアナリスト談)。
デルが開く「IT価格破壊」のパンドラの箱は業界の姿すら大きく変えようとしている。

(2003/6/19 日本経済新聞)
後発の強み

インターネット直販の利点は分かっていながら、メーカーが思い切ってこれに踏み込めない理由の一つに「流通のしがらみ」があります。市場シェアの高いメーカーほど有力な販売チャネルを持っています。そして、販売チャネルに組み込まれている中間流通業者が市場シェア拡大に貢献したのも確かですから、メーカーとの取引を既得権益として主張するのも自然の流れということになります。一方メーカー側としても、現実に安定した収益を確保できているチャネル販売を捨てて、成り行きが分からない「メーカー直販」に踏み込むリスクはなかなか負えるものではありません。やはり「先行者から改革は生じない」のであって、パソコン業界新参で失うところが少ないデルだからこそ「メーカー直販」に踏み切れたのだと考えることができます。もちろん、創業社長マイケル・デルの「流通のステップを省けばメーカーの利益にも消費者の利益にもなるはずだ」という少年時代以来の想念が困難な直販の道の選択を後押ししたことも間違いないことだと思われます。


アフターセールの顧客満足度重視

パソコンのフリーズや故障や周辺機器の動作不全には不愉快な思いをさせられます。しかも、それが故障なのかどうか、マニュアルを読んでもわからないことが多いのですからたまったものではありません。メーカーのサポートセンターに電話しても、散々待たされた挙句に「有料修理にだしてください」で終わるのが落ちということになりがちです。いざ、パソコンの修理となっても憂鬱な気分は募ります。購入先のパソコン・ショップなどに現物を持ちこむのも面倒ですし、また、持っていたとしても“完治”してくれるかどうか分からないからです。デルには、このようなユーザーの声が「ダイレクト」に届く仕組みがあり、翌日出張サービスの「オンサイトサービス」を行っています。しかも、このサービスを始めたのが1984年創業してから間もない1986年だったということですから、最初からアフターセールの顧客満足度(Customer Satisfaction)を重視してCRMの真髄である顧客との永続的関係の維持に意を用いて経営に当たっていたのだということが分かります。


超スピード経営

デルは「超スピード経営」を標榜しています。リードタイムの絶え間ない短縮こそが、真骨頂であり生命線であると考えているからです。業務プロセスのスピードの速さだけでなく、意思決定と行動開始のスピードの速さにも定評があります。SCMにインターネット接続を取り入れた際にも、ソフトウェアは自社開発ではなく既存のSCMパツケージソフトを購入して導入のスピードを重視しています。それも通常の企業ならシステム導入に数カ月から数年かかるところを、デルは2000年初めに取締役会でSCMパツケージソフトの採用を承認してから僅か十日後には試験運用を始めたという超スピードぶりでした。

ヒト資源の資質・能力・意欲とその評価

デル関連の図書の著者が、取材した際に、“広報部の迅速かつ適切な取材対応を通じて”デルに対する顧客満足度の高さを側面的に実感したと述べています。また、デルの担当者とメールや電話でやりとりを行った経験のある人は口をそろえて、その応対の良さを感じているようです。コールセンターだけでなく、社員一人一人が顧客満足度の極大化のために考えて行動している組織であることがデルの最大の強みなのではないかと考えられます。「企業の競争力の根源は社員の資質である」という仮説はここでも検証することができそうです。顧客ニーズに合わせてカスタマイズされた個々に仕様の違う製品を一つの間違いなく円滑に受注・生産・流通できるように企業間だけでなく企業内の業務プロセスを改革し、これに合わせて改善された組織を運営していくためには社員の資質とともに経営者・管理者の指導力と人材育成能力・意欲がなければなりません。

経営者・管理者も含めたヒト資源の資質・能力・意欲がデルの競争力の根源であるといっても良いでしょう。ちなみに、デルの組織はフラットで、社員から社長までの段階は5段階程度だそうです。能力を発揮した人は、年齢、性別や経歴に関係なく実績と結果で評価され、マネジメントのポジションを昇進してゆけるのですからヒトの評価システムも企業の競争力強化に大きく与っているわけです。

1−B 日本ヒューレット・パッカード株式会社

1.日本ヒューレット・パッカードのプロフィール

1999年(平成11年)7月設立のヒューレット・パッカード日本法人で、国内53ヵ所にセールス/サポート拠点を置き、コンピューター、コンピューター・システム、コンピューター周辺機器、ソフトウェア製品の開発・製造・輸入・販売・リース・レンタルとサポートのビジネスを展開しています。ヒューレット・パッカードのコンパックとの合併を受けて、2002111日に新生「日本ヒューレット・パッカード」として誕生しています。合併に合わせて日本は、従来のカントリー(国)の扱いからリージョン(地域)となり、今まで属していたアジア・パシフィック地域から独立し、4番目の地域として昇格しました。

インターネット観

日本HPでは、これまで多数の企業がビジネスにインターネットを取り入れてきた変革の過程を“とても意味のある劇的なもの”としながらも“インターネット第1章”にしか過ぎず、“ネット社会は今まさに次へ向かって変革を始めている”とらえています。「現在は、どんな『もの』が買えるかよりも、どんな『こと』が買えるかの方が大きな意味をもつ次の世の中が始まろうとしている。『欲しいサービス』を届けるため、コンピューターもデータもビジネスも、サイバースペースでつながれて、すべてがネット上で行われるようになり、ビジネスに大きな役割を果たしているインターネットも、その可能性をますます広げていく」という考え方のもとに『E-services』をビジョンとして掲げました。


CRM/ワン・トゥ・ワン/インターネット

第5課「インターネットの光と陰」で考察したように、インターネットには様々な機能属性がありますが、その中でもインタラクティブ(双方向性)属性が、インターネットコマースだけでなくマーケティングにおいても非常に強い機能を発揮します。第7課「B to Bビジネス」の中で触れた「CRM(カスタマー・リレーションシツプ・マネジメント:Customer Relationship Management)とは、顧客との関係を第一に置いた体制づくりのことであり、個別の顧客の二ーズに対応することによって、優良な顧客を囲い込み強固なブランドをつくり上げる経営手法ですから、これがとりもなおさずワン・トゥ・ワン・マーケティングの考え方であると見て良いでしょう。そして、CRMとワン・トゥ・ワンの特効薬がインターネット・マーケティングであり、ここでインタラクティブ属性が物を言うわけです。日本HPの開発・推進したウェブ・マーケティング・ストラテジーは、CRM/ワン・トゥ・ワンのコンセプトに基づき「顧客満足」を極大化することを眼目とするものでした。

2.ウェブ・マーケティング・ストラテジー

間接販売体制の中で「ワン・トゥ・ワン」

日本HPの場合は、一般個人ユーザー(C:Consumer)に対する製品の直販を行なっていないばかりでなく、企業(B:Business)などの大手得意先にも直販体制はとっておらず代理店とのパートナーシップによって営業活動を行っていました。ですから、日本HPの会員制情報提供サービス「HP PLAZA」は、代理店経由の完全間接販売体制の中での「ワン・トゥ・ワン」実現を目指すインターネット・マーケティングだったのです。特に大口顧客に対してはメーカー自身が中間流通業者を介さずに最終顧客に対する販売機能を担ういわゆる「直販」は以前から行われてきました。しかし、時間や場所の制約なしに情報交換ができるインターネットの世界では、販売チャネルを“中抜き”した「直販」が注目を集めてきました。しかし、日本HPは、一見時代に逆行するように見えるのですが、代理店が販売チャネルとして担う機能を重視して代理店とのパートナーシップを強化していく姿勢をとったのです。


“間接”と“直接”の両立

日本HPの試みは、代理店経由の“間接”販売と「ワン・トゥ・ワン」の顧客に対する“直接”コンタクトとの間の一見トレードオフのように思われる関係を両立させていくところにポイントがありました。従来は、間接販売方式をとるメーカーが最終ユーザーの声を直接聞くことができたのは「お客様アンケート」や「愛用者カード」によるのが精々でしたので、多様化してきたユーザーニーズを把握できないという難点がありました。競合メーカーが同様にユーザーニーズ把握の問題を抱えている限りは、これがメーカーにとって致命的な弱点になることはなかったのですが、インターネットの普及によって事情が一変しました。インタラクティブな特性のあるインターネットを利用することによって、ユーザーに商品情報を提供するとともにユーザーの声を収集・分析し、製品開発・生産に活かすことが容易になったからです。インターネット利用の巧拙が競争優位を得るだけでなく企業の存続を確保するための条件になってきたのです。日本HPの場合は、更にユーザー情報を取り入れたサポート情報をインターネットで代理店に提供し流通チャネルの販売機能強化に役立てようとする狙いがありましたから、ユーザーとの間の“直接”情流によって“間接”商流を支援しようとしていたわけです。


信頼関係構築の重視

日本HPでは、事業の成功要因は「顧客が自分達とビジネスをしやすい環境をつくる」ことであるとして、「顧客からの信頼により企業を成功に導く」ことに対する企業努力の集中を図りました。間接顧客(ユーザー)との間の信頼関係をインターネット・マーケティングによって強化することによって、直接顧客(代理店)との間の信頼関係の基礎となる共存共栄の条件を整備強化しようとするものです。
信頼(ロイヤリティ) 増収 ● 関連商品販売
● 上位商品販売
高コスト効率 ● 高い利益率
● 低いサポートコスト
● 低い取引コスト
継続性 ● レピートオーダー
● タイムリーな製品投入
会員制情報提供サービス「HP PLAZA」の狙い

日本HPがインターネット上で展開した会員制情報提供サービス「HP PLAZA」の狙いはユーザーの日本HPに対する信頼感を醸成して支持者(ファン)化するところにありました。一般に支持者(ファン)化したユーザーは、メーカーの提供情報に一層の関心を示し自ら買換え・買増しの行動をとるものですし、実際使用者としての生の声をメーカーに伝えようとするものだからです。その結果、サポートコストも取引コストも低くて済み、日本HPと代理店は「高コスト効率」営業を享受することが期待できます。また、支持者(ファン)化したユーザーは、関連商品(例えば、パソコンに対するデジタルカメラ)を購入したり上位機種に移行する場合、先ず自分が信頼するメーカーの製品を検討するものです。「HP PLAZA」を通じて適切な情報をタイムリーに供給することによって、日本HPと代理店にクロスセリング(関連商品販売)とアップセリング(上位機種販売)の「増収」の機会が生じるわけです。更に、レピートオーダーを動機付けられたユーザーからは、メーカーに対して新製品開発の要望や現製品の不具合・要改善点などのフィードバック情報を得やすくなります。インターネットによる双方向直接情流によって、日本HPは貴重なユーザーの生の声を直接にしかも早く収集することができ、それをタイムリーに製品改良や次期新製品開発に反映することができるのです。


「HP PLAZA」の特徴

「HP PLAZA」の最大の特長は、ワン・トゥ・ワン・マーケティングの考え方に基づいて、会員ユーザーそれぞれの利用環境や二―ズに応じた最適な情報提供が可能であるというところにあり、ユーザーが会員登録してホームページにアクセスすると、トップ画面にユーザー自身の「プロファイル」情報に基づいた専用メニュー(ユーザーのためにカスタマイズされたメニュー)が表示されます。ユーザー別に、それぞれの使用している製品や購入履歴の情報をもとに、関連するテーマや最新の情報を選択して提供する「製品情報提供サービス」をはじめ、会員ユーザーがプリンターなどの周辺機器やソフトウェア等についての必要情報をWebページから検索するため「検索サービス」、ネットワーク構成、PCサーバーやプリンターの種類などに関するアドバイスを提供する「ソリューション提供サービス」の他に日本HP製品および技術情報に関するFAQ(Frequently Asked Questions:よくある質問)についてQ&Aの形で情報を提供する「Q&A」や情報代理店経由のオンラインショッピングが可能な「Shopping Village」のコーナーを設けて双方向直接情流の仕掛けが施されていました。

3.ワン・トゥ・ワン構築のプロセス

当事者のサイト構築企画への参加

サイトを構築するのに当たって、企画担当や製品開発担当などサイトに載せるコンテンツ(情報内容)に本来的に責任を持つ者が参加しておらず、ウェブマスターや情報システム部門などコンテンツに直接責任をもたない者に任せきりにしているとサイトが「仏つくって魂入らず」の状態になってしまいます。日本HPでは過去の多くの失敗事例に学んで、当事者がサイト構築企画プロジェクトに参加する体制をとりました(なお、現場担当者によるプロジェクト活動で確定した要件を技術部門が継承して、実際のサイト開発・立ち上げのフェーズに移る形をとっています)。

また、「HP PLAZA」では、イントラネットを通じて営業やセールスコーディネーター、マーケティング担当などがコンテンツをダイレクトに登録することができるようにしました。例えば、ある営業部員が自分の担当する代理店にこの情報を提供したいという時、イントラネットからコンテンツのデータベースに登録すると、それがダイレクトでサイトに反映されます。更に、画像や少し凝ったものを載せたい時には、事務局にFAXや電子メールで依頼すると、すぐに反映される体制にしました。技術的な対応もさることながら、自らのニーズに基づいてコンテンツ更新を実行できるような体制の整備が当事者の参画意欲を高めワン・トゥ・ワン・マーケティングの実効を高める大きな要因になっているものと考えられます。


情報のシームレスな統合

一人一人のユーザー情報は、例えば、受注情報については販売関係システムで、製品情報については生産関係システムでというように別々のシステムで管理されているのが通例ですが、ワン・トゥ・ワンを実現するサイトづくりを目指すのであれば、こうした情報をシームレスに統合することが必要になります。日本HPはサイト構築に当たって、自杜の企業や製品情報を独立した形で提供するのではなく、Webサイトと社内諸システムとの連携を根本的な課題として取り上げました。社内システムとシームレスに連携させれば既存情報を活かして無駄のない処理をすることもできます。日本HPでは、社内システムとの連携によりユーザーごとの情報を一元管理した他に、提供するコンテンツも、ほとんどがイントラネットからダイレクトに反映できる仕組みにしました。


「コミュニティ」の発想

日本HPは、ユーザーの「プロファイル」を機軸情報として位置づけ、共通したプロファイルを持ったユーザーをグループ化した「コミュニティ」を「ワン」としてとらえてワン・トゥ・ワン・マーケティングを実践しました。「プロファイル」には二つあり、それぞれのパターンの組み合わせによって「コミュニティ」を形成しました。
(a)静的プロファイル
注文時などの定型的なフォームから得るユーザーの個人情報で、具体的には、氏名、性別、年齢、業種、従業員数、製品の購入・導入についての関与度、担当職務、社名、部署、役職、会社住所、電話、ファックス、電子メールアドレス、メールによる新着情報のお知らせ(希望する・希望しない)、使用しているOS、興味のある分野、興味のある製品などがこれに含まれます。
(b)動的プロファイル
サイト上でその人がどのように行動したか、その振る舞いについての情報です。簡単な例でいえば、製品情服提供サービスから最新のプリンターを紹介しているぺージに行き、そこで一定時間とどまり、サイトを抜けていく、といった一連の振る舞いを観察した結果の記録です。
静的プロファイルと動的プロファイルを組み合わせてコミュニティを形成することによって、タイムリーな情報を提供することができるようになりました。例えば、従業員100名の会社がサイト上でプリンターを紹介するページをよく見ているのであれば、その企業規模に合うと思われるプリンターをトップページで紹介することが効果的になります

4.現状に関する若干の考察

消えた「HP PLAZA」サイト

図書「インターネット・マーケティング成功の条件」(2000/7/10発行)によって、日本HPのワン・トゥ・ワン・マーケティングの事例の存在を知ることができたのは幸運なことでした。同じコンピューター業界でありながら、ダイレクト尽くめの『デル・モデル』とは対極的なケースですし、依然として流通チャネル経由の間接販売の形態が主流の日本では日本HPのケースの方がより実践的な参照モデルになりえると考えたからです。しかし、講義資料の最終取りまとめ段階に至って改めてインターネット検索したところ、あったはずの「HP PLAZA」サイトが消滅しているのに気がつきました。代わって、日本HPホームページには、同社が否定していたはずのパソコン直販サイトが見つかりました。同社の担当の言によると、コンパックとの合併の後、従来のヒューレット・パッカード勢がUNIXコンピュータなどのコンピューターシステムやソフトウェア製品、周辺機器を重点的に担当しているのに対して、パソコン事業は従来のコンパック勢が主流を占めているのでコンパック流の直販間販混在方式でビジネスが進められているためなのだそうです。


学ぶところの多い“間接・直接両立方式”

しかし私は、代理店経由の“間接”販売と「ワン・トゥ・ワン」の顧客に対する“直接”コンタクトとを両立させた日本HPのインターネット・マーケティングの方法をケース・スタディから除外してしまうのは余りに残念だと思いました。第5課の「マーケット中抜き現象」でも述べたとおり、流通機能論的に逆に間接販売でなければ成立しにくい事業分野があることは確かですし、一方で、間接販売の形態の中でも何らかの形で顧客満足度の向上のためにインターネットを活用し販売チャネルを活性化する必要があるわけですので、日本HPの行った試みは実験例としてでも学ぶ価値があると考えたからです。実際に「HP PLAZA」サイトが消滅した現在講義資料原稿を改めて読み返してみても、新鮮さが失われていない箇所が多いように思えます。原稿に必要な修正を加えた上で、敢えて『デル・モデル』と対比させる形でケース・スタディーの一環に加えた次第です。

考えられる欠陥点

しかし、パソコンは従来のコンパック製品が主流になったとしても、日本HPが推進していたインターネット「ワン・トゥ・ワン」マーケティングが真に実効の高いものに仕上がっていたとしたら、方法論そのものは従来のヒューレット・パッカード流がそのまま踏襲されていたはずです。思うに、いくつかの欠陥点があり、それが修正できぬまま合併時期を迎えたために、コンパック流に座を譲らざるを得なくなったのではないでしょうか。以下に欠陥となったと思しき点を列挙します。いずれも、今後、企業が“間接・直接両立方式”の「光」を活かすためにも克服しなければならない「陰」の部分の共通課題であると考えられます。


(1)    代理店の参加姿勢の問題

インターネット「ワン・トゥ・ワン」マーケティングが実効を挙げるためには、間接販売の主役である代理店が、その営業力を駆使して自らの顧客または見込み客に対してインターネット経由の情報開示を促進することが重要な条件になります。ところが、営業関係者には、自分が持っている顧客や商談に関する情報をオープンにすることを敬遠する傾向があります。これらの情報を持っていること自体が自己の存在価値の基盤となっているからです。まして、代理店の場合は、顧客・商談情報を開示することは、メーカーと顧客の直結化の契機となり「中抜き」の危機をはらむとともに、競合する代理店に自分の商圏を“荒らされる”結果となる恐れもありますので、よほどのインセンティブと安全が保証されなければ、代理店が自分の顧客のインターネット「ワン・トゥ・ワン」参加を積極的に促進することは期待できません。日本HPのケースでも、メーカーと顧客との間のインターネット経由の直接情流が代理店の商流・情流とどのように結びついていたのか定かではないところがあり、代理店サイドのインセンティブの面で欠けていた点があったものと考えられます。

(2)提供情報の質の問題

日本HPの
「ワン・トゥ・ワン」は、実際的には顧客の属性(顧客企業の規模など)と関心領域(参照Webページ)とでセグメントされた「コミュニティ」を「ワン」とするものであり、それぞれの「コミュニティ」に提供される情報は全体としては同一のものであり、「コミュニティ」毎に編集パターンを変えたものが提供されるだけのものでした。セグメンテーションやパターン化はマーケティング・ターゲット設定などの際には有効な方法ですが、「個客」に対する情報提供の面では十全ではありません。日本HPからホームページ経由で提供を受けた情報に対して「個客」は「当たらずとも遠からず」の掻痒感を感じ顧客満足度は十分高まらなかったのではないかと思われます。現在では第7課の「One to Oneマーケティング」でご紹介した事例のように顧客別にカスタマイズされた情報を提供するためのITツールも開発されていますので、真のワン・トゥ・ワン「直接」情流によって「間接」販売を支援するための最適な方策を選定できるはずです


(3)販売価格の問題

仮に生産・在庫などの条件は同等にすることができるとしても、間接販売の場合は直販と比べると少なくとも流通マージンの分だけ最終顧客に対する仕向け商品価格が高くなることは確かです。しかし、流通マージンに見合うだけのサービスを代理店などの流通業者が提供し、それによって顧客満足度が高まるならば顧客は相対的に価格が高くても納得して受け入れるでしょう。問題は、顧客に評価されるだけの付加価値が間接販売による商流の過程で付加されるかどうかにかかっています。日本HPの場合は、「ワン・トゥ・ワン」マーケティングにかかわる代理店の積極的な機能が明確にされていなかったように思えます。「間接販売は流通業者のメーカーからの既得権益」などという考え方があるとすれば論外で、今後は顧客本位の立場に立って、メーカー・流通業者・顧客間の商流・情流機能分担を明確にしてビジネスモデルを構築することが一層必要になってきます。


(Ver.1 2003/ 3/28)
(Ver.2 2004/ 7/14)
(Ver.3 2006/ 7/16
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