コミュニケーションメディア論 |
第10課 ユビキタス・ネットワーク |
究極のコンピューター・ネットワーク環境を表す言葉として「ユビキタス」が遣われ始めて久しくなりますが、平成16年版「情報通信白書」の副題が“世界に広がるユビキタス社会”となっているのが示しているように、もはや夢物語ではなく現実のものとして身の回りに急速に普及しつつあるのです。 |
1.ユビキタス・ネットワーク環境の展開
1−1.「ユビキタス」とは コミュニケーション・メディアの新潮流によって、いまやインターネットにつながる端末はパソコンだけではなくなり、携帯電話、カーナビゲーション機器などのモバイル・ツールから、デジタルテレビにネット家電、更にはゲーム機などにまで幅が広がってきました。このようなインターネットに接続されるパソコン以外の端末はIA(Internet Appliance : インターネット器具)と呼ばれることがあります。多彩なマルチメディアのIAが登場したことによって、生活空間の至るところにマイクロプロセッサーとメモリーが組み込まれた機器が遍在する環境が作り上げられてきました。また、放送の世界で、デジタル放送“ネットワーク”が形成されつつありますが、ネットワークに接続されたすべてのコンピューターが対等な関係にある、いわゆるピアー・ツー・ピア(Peer to Peer)の形態は築くことができません。世界中の端末コンピューター同士が接続しあってこそ“網”の形状が整うのですから、やはりネットワークの中核となるのはインターネットをおいて他にありません。従って、「ユビキタス・ネットワークとは、いつでも、どこにいても(ユビキタス)、インターネットにアクセスできるネットワーク環境である」と定義することができます。 1−3.ユビキタス・コンピューティング
1−5.「ユビキタス情報社会」の到来へ |
2.「ユビキタス情報社会」への道
ユビキタス情報社会への道を開いた原動力は「演算処理装置、通信、記憶媒体の性能向上とコスト激減」にあるとし、具体的に以下の要因を指摘する考え方があります。
当講座で考察してきたコミュニケーション・メディアの新潮流にほぼ合致するものですが、今後は、以下のような道のりを辿って新潮流が更に勢いを増して、「ユビキタス情報社会」の実現に向かうものと考えられます。 2−1−1.ウェアラブル(装着型)コンピューター A.ウェアラブル・コンピューティングへの展開 モバイル・コミュニケーションの進化の一つの方向として、ウェアラブル・コンピューターを身体に装着しながら、時間と空間を越えて(ユビキタスに)コンピューターを使用するウェアラブル・コンピューティング環境への展開が考えられます。現在のハンドヘルド・コンピューターやパームトップ・コンピューターを更に小型化・高機能化し、より高い可搬性をもって情報空間を移動しながら情報通信が行なえる「ウェアラブルPC」がユビキタス・プロダクツの中で最も期待されるキーワードの一つになっています。 B.ウェアラブル・コンピューターの条件 MITメディア・ラボでは以下の要素をウェアラブル・コンピューターの条件として挙げています。 C.ウェアラブル・コンピューターの用途 以下のような用途が一部実現され、一部が今後に企図されています。 その他、搭載カメラで物体を認識し、その物体にユーザーが画像や音声でコメントをつけ、再びカメラがその物体を認識した時にそのコメントを再生するといった記憶補助的な機能も開発されています。 また、例えばヘッドホンステレオ大の本体を腰につけ、サングラス型の表示装置を見ながら小型マイクを通じて音声でコンピューターを操作すると映像が目の前の表示装置に映し出されるというようなことが可能になり、既にこの要素技術は実用化が始まっています。 D.他のモバイル・ツールとの相違点 携帯性を重視している点やインターフェースとしてキーボードを使用しないことを志している点、GPSなど機能拡張のためのデバイスと接続可能である点が、ハードウェアにおける共通点として挙げられます。次に用途の点においても、情報検索、高齢者の健康モニタリング、電子メールや位置情報通信など営業担当者支援などに用いる点においては共通しています。しかし、既に普及しているため量産効果が現れていて、一般消費者が安価に購入・使用できるという点で、特にケータイ型モバイル・コミュニケーションに分があり、ケータイがウェアラブル・コンピューターの領域を取り込んだと考えることができます。 しかし一方、健康モニタリング、身体障害者の支援、電子メールや位置情報通信などの営業担当者支援、記憶補助的な機能など、センサーや外部接続機器と連動しながら次元の高い作業を行うにあたっては、ウェアラブル・“コンピューター”に分があります。また、身体に装着可能という究極の携帯性、優れた表示・入力用インターフェースに、コンピューター本来の多機能性を兼ね備えたウェアラブル・コンピューターに、無線による高速インターネット接続機能が加わってコンテンツやアプリケーションの送受信が可能になれば、次世代携帯端末としては究極の機器となる可能性を秘めており、消費者に求めやすい価格で機器が市場に投入されれば、ケータイの機能に飽き足らないユーザーをウェアラブル・コンピューターが取り込むというシナリオも見えてくるものと思われます。
2−1−2.情報家電(ネット家電) 情報家電は、家族のメンバーがそれぞれに違う目的で同時に使うようになることから、パソコンのような汎用マシンではなく専用マシンになります。ですから、これからは、「二三の応用に焦点を絞って設計したコンシューマー用コンピューター」と定義される見えないコンピューターが家庭に偏在していく形になります。情報家電は、明快に焦点を絞り込んだ使用目的に合わせて設計されますので、目的にぴったりとあったヒューマンインターフェースを備えていて、マニュアルや取扱説明書を読まなくても使い方がわかるような製品になる可能性が大きくなります。以下のような条件を備えたネット家電が、情報機器を使えるかどうかで生活や経済面での格差が生ずる「デジタルデバイド」の解消に一役買うことを期待されている所以です。 (1) 機器の日用品化 (2) わざわざ使い方を学ぶ必要のないようなインターフェースの良さ (3) 情報流出などのリスクに対するセーフティ・ネット(安全網)
逆に、情報家電は単機能に近いので、パソコンのように1台でいろいろなこと(例、デジタルカメラで撮影した写真を電子メールで送る)ができません。但し、ホームネットワークを構築して相互につなぎ、個々のアプライアンスの自律動作と、ネットワークを生かしたアプライアンス間の協調動作ができるようにすることができます。インターネットとホームネットワークはゲートウェイを介してブロードバンド・アクセス・ネットワークで接続されますが、ゲートウェイと各情報家電の間は別途有線で接続すると配線が錯綜しますので、通常は無線か屋内電力線使用による接続の形が有利になります。
2−1−3.ケータイ 更に、デジタル方式を高度化させた第三世代に進化すると、もはや電話本来の通話機能は副次機能と化し、ケータイは一層IAとしての機能を強めるばかりでなく、その高速データ通信特性(最大2Mbit/sec)を活かした携帯テレビ電話、さらには、デジタル放送の受像機として「携帯テレビ」までが実現するに至りました。 第三世代でグロ−バル・スタンダード(世界標準)を採り入れたケータイは国際的にも普及が進み、2008年ごろまでに世界で20億人が携帯電話のユーザーとなるという見通しがされています。国際的なIAとしての第三世代ケータイが普及し多彩な用途開発が進展すれば、それだけ「ユビキタス情報社会」の道が開けてくるわけですが、ケータイ自体にも更に第四世代さらには第五世代と、「ユビキタス情報社会」への展開とともに進化していく道が開けているのです。2010年ころの実用化が目指されている第四世代は第三世代がさらに高速化(最大100Mbit/sec)したものであり、ハイビジョン放送並の高精細動画像を2-3分で送受信できるのが特長で、これによって動画や音楽のやりとりが自由にできるようになります。
ここでは、交換機を使った電話網ではなくて、インターネットですべての情報がやり取りされます。音声通話だけではなく、映像やソフトなど情報すべてがインターネット・プロトコル(=IP)を使って受発信されるのです(電話のネットワークだけではなく、無線通信の技術そのものがすべてIPベースに切り替わっていく方向が目指されています)。100Mbit/secという数字は無線通信技術の転換点と言われ、家庭向けの最高速インターネットサービスも有線の光ファイバーで毎秒100メガビットです。第四世代で同レベルの通信速度に達する携帯電話が光ファイバーなどの固定通信を通信技術の主役から脇役に追いやる可能性があるという見方もなされています。そして、第四世代よりも表現力を増した第五世代は2020年ころに実用化することが目指されています。 現在実用化または研究段階にある主要な高速無線通信技術は下表の通りです。
2−2−1.ブルートゥース 2.4GHz帯の高周波の電波を飛ばし、微弱な電波で近距離間にある端末機器間を結び毎秒メガビット級のデータ伝送を行う機器接続用のインターフェース規格で、携帯電話とパソコン、ディジタルカメラなどやパソコン周辺機器(モデム、ルーター、プリンタ、キーボード、ディスプレイ等)を無線回線で結び、モバイル・マルチメディア環境を実現します。ユビキタス・ネットワークの端末として多機能を発揮する携帯電話やPDA(携帯情報端末)、デジタル家電などのIAの中核たるべく実用化が進んでいるのがこの「ブルートゥース」です。
2−2−2.高速無線通信技術 以下の例のように、無線の通信速度を光ファイバー並みの100Mbs以上に引き上げる研究も盛んに行われています。
2−2−3.高速無線インターネット
現在はハイビジョンが送受信できる「UWB(超広帯域)通信」、第四世代携帯電話の超高速無線技術の開発も進み、2005-10年ごろに実用化の見通しが立っており、無線LANも5倍程度速くなる見通しです。通信総合研究所では高速無線LANなどに合わせて情報家電への応用を研究しています。
2−3.ソフトウェア・規格の標準化 代表的なネット家電OSが「トロン」と「リナックス」です。家電、携帯機器、車載端末を合計したネット接続機器の需要は大きく伸長し大市場を形成するものと予測されています。これに伴ってOSにも相応の需要が生まれるわけですから、家電などパソコン以外のOS事業に参入するソフト会社も増え、OS競争が展開されつつあります。しかし、同じOS競争でも、マイクロソフトの独り勝ちになったパソコン分野とはかなり様相の違った展開になっています。事実上の標準品であるウィンドウズをそのままパソコンに搭載するのと違って、家電、携帯機器メーカーは自社商品の仕様に合わせてOSを作り替え、機能や使いやすさの面で商品に独自精を出そうとするからです。 「トロン」と「リナックス」のOSが浸透しているのは、ともに無償で使える点に加えて、自由に改良しやすい点にあると言われています。 2003年9月24日、マイクロソフトと「トロン」開発団体のT−エンジンフォーラムが共同でネット家電用OSを開発すると発表して関係業界に衝撃を与えました。ネット家電用OSとして台頭してきた「リナックス」に対してマイクロソフトとトロン陣営が相互補完体制を築いて強力な対抗勢力を形成しようとするものですが、これによってネット家電用OSの世界標準のあり方が大きく左右される可能性が見えてきました。 マイクロソフトは、自社OS「ウィンドウズCE」と「トロン」を一つの機器上で動作させ、処理速度が速くて携帯電話の通信制御など機器の制御機能に優れた「トロン」と、インターネット接続と画面表示機能で定評のあるウィンドウズの相乗効果によってOS競争を有利に戦うことを企図しています。一方、トロン陣営には、多数の独自仕様を持つため相互の業務用ソフトの互換性がなくソフト数が限られていたのですが、ウィンドウズの豊富な業務用ソフトやソフト開発者を取り込むことによって、世界の有力家電・携帯メーカーに売り込める可能性が開けてきました。 ネット家電を操作するOSでは「リナックス」が先行し、既に松下電器産業やソニーなどの大手家電メーカーがリナックスを使って新型のネット家電の開発を進めていました。一方、携帯電話用OSでも世界最大手ノキアなどが開発に参加する英シンビアンの「エポック」が浸透しており、マキクロソフトの参入によって、今後、世界標準化を巡って各陣営間の主導権争いが一層激化しそうな形勢になってきました。この中で、実質的に「ユビキタス・コンピューティング」のコンセプトを先行して掲げて開発されながら日の目を見ずにいた国産基本ソフト「トロン」が、どこまで「米国標準=グローバル・スタンダード」に化してしまっているITの世界の流れをどこまで変えることができるか注目に値します。
ことに、ユビキタス・コンピューティングでは、インターネットと違って「場所」に大きな意味があるはずなのですが、この点が軽視されている上に、セキュリティ機能面にも配慮が欠けている点を問題視して、坂村教授は“米国流”の直輸入に対して警告を発せられています。今後、国産OS「トロン」がデジタル家電の国際標準目指して浸透していくのに合わせて、電子チップの標準化についても“日本流”が世界に向けて浸透していくことが期待されます。 |
3.「ユビキタス情報社会」のイメージ
3−1.ホームエレクトロニクス 「ユビキタス情報社会」では、TV、電話、冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、エアコン、ビデオ、電子レンジ、照明、バスルーム、トイレなどあらゆる家電や住宅設備がデジタル回線で接続され、それぞれがインターネットとつながるIAになります。「ホームエレクトロニクス」は、単にスタンドアローンのエレクトロニクス製品を家庭に導入した形ではなくて、家庭内の様々な設備・機器がエレクトロニクス・ネットワークに組み込まれ、しかも、それぞれのインターネットを介して家庭外のエレクトロニクス機器と情報の受発信ができるという究極的な形態となります。
ですから、買い物に出かけた主婦がテレビの料理番組で見た献立を手元のiモード携帯電話で呼び出したり、携帯電話から送る電子メールでエアコンのスイッチを入れたり温度を設定したりすることは、ごく日常的な行動パターンになるのです。前者は、従来は個別に分散していたテレビ受像機、記録媒体、携帯電話といったコミュニケーション・メディアが有機的に結合するケースですし、後者は、従来はコミュニケーション・メディアの埒外であったエアコンまでがネットワークに組み込まれるケースです。もちろん、やがては登場してくることが予想される家事ロボットもIAの一員となります。 3−2.ホームネットワーク 家の外とはインターネット常時接続した小電力無線または電力線利用のホームネットワークを構築すると、家の中の「どこからでも」操作できるリモコンを利用して、ネット家電や住宅設備などのIAが「どこにあっても」コントロールできるようになり、家事の負担が軽減し生活環境が向上します。個々のIAは、インターネットに接続されていますから、IAのサービス業者に故障診断や修理の依頼をすることも容易にできるようになりますし、例えば、洗濯機の糸くずフィルターや掃除機ごみパックなどの消耗品・パーツをいつでもインターネットで注文することも可能です。また、外出時に窓やドアが開いた場合などには、留守宅で通信アダプターがアラーム音を鳴らすとともに、外出先にはメールで通知するといったように家庭内外連携ネットワークが威力を発揮します。
特に、ホットスポットは、モバイル・インターネットの一環としても捉えられますが、より安定したブロードバンド環境が利用できることに加えて、利用端末やプロバイダーの選択がより自由にできますので、「その場その場でブロードバンドが随時利用できる=アドホックなアクセス環境である」ことがユビキタス・ネットワークの一員らしい特徴と言えますし、「いつでも、どこでも」の隙間を埋める新たな要素として今後の動向が注目されます。 日本では、インターネット接続機能と独自の情報サービス機能を内蔵したNTTドコモの「iモード」サービスの開始により、本格的なMコマースが可能となったのですが、内蔵した情報サービス機能を多様多彩化させたケータイなどのモバイル・ツールによる物品・サービスの購入や、金融取引などは今後一層規模が拡大するものと予測されています。ICカードを搭載してケータイに決済機能を持たせることや、ケータイを持ち主の銀行口座と連動させて、自動販売機や店舗のPOSレジスタで支払いができるようにするサービスなども始められています。Mコマースの展開に伴って、モバイル・ツールが情流、商流、金流に果たす役割が増大し、「ユビキタスone to one ダイアログ・マーケティング(コマース)」が主流を占めていくようになるものと考えられます。 「テレマティクス」によって実現される機能の中には、カーナビゲーションや電子メール送受信といった一般的な機能の他に、TAS(テレマティクス・アプリケーション・サーバー)と呼ばれる装置が車の状況を外部からモニターし事故や故障などのトラブルに伴うロードサービスの手配を行い、運転者の自宅や保険会社へのメール連絡をも自動的に行える機能等が含まれています。 カーナビゲーション装置は、デジタル放送を受信するテレビ受信にとどまらず、携帯電話機能を取り込んで、自動車から事故通知やホテルの空き室情報、買い物情報をやり取りしたりするテレマティクスサービスへ突き進みつつあります。接続用回線として光ファイバーやブルートゥースが使える目処が立ってきたこともあり、カーナビゲーション装置が、移動体ゆえ「いつでもどこでも誰とでも(ユビキタス)」情報を交換するニーズがことさら高い自動車の中核的IAになっていくことは間違いありません。
3−6.日本の優位性 |
(Ver.1 2004/ 1/29)
(Ver.2 2004/ 9/12)
(Ver.3 2005/ 1/ 1)
(Ver.4 2007/ 1/19)
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